第5話 幼馴染? そ、それって……女の子?
伊吹が引っ越しの挨拶に来た翌日も、同じように僕を晩ご飯に誘って来た。やはり制服を着ていたので、春休みとは言え、新入生は色々行事とかがあって忙しいのだろう。
顔を見る度に婚姻届の話をされるのはやや胃に来るものがあったけど、なんとかかんとか話を逸らし続けて、問題は先送りにしていた。
そうして迎えた、伊吹が引っ越してきてから二日後の夕方六時。
僕は自宅がある最寄り駅の改札前で、先日電話で約束した人のことを待っていた。
駅の近くには、商業施設や大学があるっていうことで、駅の辺りは夕方のこの時間でも賑わいを見せている。少し歩けば住宅街も広がる立地のため、仕事終わりのくたびれたサラリーマンの人たちも、ぞろぞろと改札を抜けていく。
その横で、僕はひとり持ってきた文庫本、もとい布製カバーをかけたライトノベルを表情筋を殺しながら読んで待っていると、
「石原くーーん、お待たせーー」
黄色い長袖のTシャツにジーンズというシンプルな格好に、いつも使っているリュックサックを背負った待ち合わせの人が、僕の名前を呼びながら改札を通過した。
人波に紛れつつ、僕の側にたどり着くと、
「ごめんね、遅れちゃって」
両手を目の前で合わせてそう謝る。
「いえ、時間通りですよ。じゃあ、行きましょうか」
「うん、そうだねっ」
今しがた、僕と合流した彼女は、同じ大学の三年生、
っていうのも。
「えっと……年齢が確認できるものをご提示してもらってもよろしいでしょうか?」
普段から使っている格安チェーンの居酒屋に入るなり、年確される稲穂さん。
「はーい、免許証です」
「……え。あっ、ありがとうございます。お連れの方は」
「あ、僕は未成年なんで」
「ええっ」
ふたり掛けのテーブル席に案内されて、いそいそとリュックサックを下ろす稲穂さん。困惑しっぱなしの店員さんは、注文に使うタブレットの使い方だけ説明して、すぐにどこかへと行っていった。
「やっぱりまた年確されちゃったねー。いつになったら免許証出さなくてよくなるんだろ」
ニコニコと笑顔を絶やさないままタブレットでお酒を選んでいる先輩。
そう、この先輩、名は体を表すを地でいくように、ゴマみたいに小さいんだ。リュックサックをランドセルにこっそり差し替えても、違和感がないくらいには。……いや、違和感はあるだろうな。
テーブルに載るくらい大きくお育ちになっている膨らみをチラッと見やり、そんなことを考える。
……多分、身長にいくはずだった栄養が全部そっちに流れたんだろうな……。
「石原くんは何飲む? ウーロン茶? コーラ?」
「あー、一杯目ですしコーラにしときます」
「うん、わかったー。あと適当に頼んどくねー」
黒髪のショートボブ、幾分か幼さが残った顔立ちと反比例するように主張している女性的な部分、そういった特徴も相まって、一部の男子のなかでは有名だったりもする稲穂さん。そんな先輩とどうして仲が良いかと言うと、まあ。
名前に悩みを持つ同盟、的な。
「ささっ、飲み物来たし、とりあえず乾杯しよっか、かんぱーい」
「かんぱーい」
まず僕の名字は
「それでね、聞いてよ石原くん。この間バイトしてたらね、おじいちゃんのお客さんにね、『中学生なのに働いてて偉いねー』って。わたし大学生だよっ、成人してるよっ、酷くない?」
稲穂さんの名字は胡麻だ。それで言うならば小柄な体型をしているからいじられるし、名前も稲穂、と小さいものなのを気にしているみたいで。まあ、お互い近しい悩みを持つことで意気投合(それはそれで悲しいけど)し、このような仲になった。
まあ、専ら僕が稲穂さんの愚痴を聞いてあげる、って構図になりがちだけど。
「そういえば、最近石原くんはどう? 東京来て一年経ったけど」
「僕ですか? 別に……これといったことはさして……あっ、でも」
ふと、稲穂さんから会話の話題が僕に投げられた。僕は、何の気なしに、
「この間、隣の部屋に僕の幼馴染が引っ越してきて、ちょっと驚いてて」
先輩にそう言ったのだけど。
「幼馴染? そ、それって……女の子?」
一瞬だけ、稲穂さんの表情が硬くなった気が、僕にはした。
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