第70話 何を言っているんですか? 私に友達はいませんよ?

 〇


 終業式が終わった日、私は帰りの途中、家の最寄り駅の近くにある本屋さんに寄っていた。目的は、雑誌を見て回ること。

 一目散に雑誌コーナーに入ることはせず、ひとまず悠乃くんが好きそうな表紙が揃った漫画やライトノベルが並ぶ棚に足を運ぶ。


「……やっぱり、こういうのが好きなんだよね」

 どれもこれも大概可愛い女の子が表紙に描かれていて、そのなかの何冊かは、いわゆる「海回」に相当するらしく、キャッハウフフしている姿が目に映る。


 そのなかの適当な一冊に手を取って、なんとなく表紙と裏表紙を眺める。

「……スクール水着はさすがに言い過ぎたけど、こういうののほうがいいのかなあ」

 ふーんと鼻でリアクションを取りつつ、私は本来の目的の雑誌売り場へと移動する。そこで私はティーン向けのファッション雑誌を手に取る。雑誌には、今年の夏オススメの水着特集と書かれている。


 とりあえずこれを見て、どういう水着が出ているのか、あらかじめチェックをしておこう。悠乃くんに選んでもらう、ということは言ったけど、ある程度絞ってあげないと、適当なの選んではい終わりになりかねないですし。


「……ふむふむ、なるほど……」

 うんうんと頷きつつ、立ち読みしながらページをめくっていくと、ふと、視界の端に見覚えのある人影が映った気がした。


「……まさか」

 その影にちょっとばかし嫌な予感がした私は、おもむろに顔を上げて周りを見渡すと、そこには私よりも背が低いのに胸の主張が大きな子供みたいな大学生がすぐ隣にいた。


「……なんでここの本屋さんにいるんですか? 胡麻さん」

「ふぇっ? あっ、まっ、松江さんっ?」

 胡麻さんは私に気づいていなかったみたいで、突然の声掛けに驚いてしまい、わかりやすく身体を飛び跳ねさせた。


「この駅は胡麻さんの最寄りの隣だと思うんですが、それともまたバイト先が潰れて悠乃くんに頼りに来ましたか? それなのに本屋に寄るなんていいご身分ですね」

「……な、なんか毒が強いよ……? 松江さん……」


 私が渋い目を浮かべつつ、手にしていた雑誌を棚に戻すと、胡麻さんはその雑誌に視線を移す。


「……あれ? み、水着……? あ、そっか。もう高校は夏休みだよね、友達とプールとか行くの? いいなあ……」

「? 何を言っているんですか? 私に友達はいませんよ?」


「……それは堂々と言うことじゃないと思うけど……あれ? じゃあ、誰と……?」

「悠乃くんですけど? 何か?」


「っっっっ! いっ、石原くんと……? プ、プールっ?」

「はい。そうですけど」

 私が悠乃くんとプールに行くことを伝えると、途端にあわあわとし始める。


「……ぃ、いいなぁ……プール、いいなぁ……」

 胡麻さんは、自分の財布の中身を寂しそうな顔をしつつ眺め、やがてため息をふっとひとつつく。


「……いつ、行くの?」

「教えるわけないじゃないですか。せっかく悠乃くんとふたりでデートに行ける機会なのに、みすみす胡麻さんに塩を送るような真似はしません」

「うう……それは、そうなんだけど……うう……」


 それに、悠乃くんを誑かす凶器が目の前にふたつあるんだ。そんな胡麻さんが脱いで水着姿になろうものなら、悠乃くんだって何がどうなってしまうかわかったものではない。決して、胡麻さんを私たちのプールに連れて行くわけにはいかない。


「それでは、私はこの雑誌を買ってくので、ここらへんで」

 これ以上胡麻さんと話すこともないので、そう言ってレジに向かおうとしたけど、


「あっ、せっ、せめて時間か場所、どっちかだけでもっ」

「……教えたとして、どうするつもりなんですか? まさか、ついていく気じゃないですよね?」


「うう、ついていきたいけどそんなお金もないし……うーん、うーん……」

「じゃあ、私はもう行きますね。さようなら」

「はわわわっ、ちょっ、ちょっと待っ──」


 レジに行く私を追おうとした胡麻さんだったけど、ふとそのときにスマホが着信を知らせてしまい、


「……うう、こんな大事なときに──もしもし? お父さん? どうかしたの?」

 渋々電話に出ながら、本屋さんの外に歩いていった。


「……ふう。これで面倒事は回避できた」


 私は雑誌を買って家に帰り、晩ご飯の買い物に行くまでの時間、その雑誌を読みふけって、悠乃くんが好きそうな水着をひたすら考え続けていた。

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