第69話 やっぱり夏はプールか海か山に行きたいじゃないですか

 さて、高校生にとって、テストと三者面談が終わると何がやって来るかと言うと。

「悠乃くん、プールか海か山行きましょう!」


 そう、夏休みである。

 僕が前期末のテスト勉強をせっせとしている間に、伊吹は晩ご飯を作りながらスマホを片手に関東近郊の海だったりプールだったり山を調べているようだ。


「……あー、プール海山ね……」

 およそ引きこもりとは縁のない単語だ。ゴールデンウィークさえ家に引きこもって掃除をした(伊吹発案だけど)くらいだし。


 しかし、夏休みになると途端にアクティブになったな、伊吹……。

「どうしたんですか? 遠い目をして」

「いや……別に?」


「私だって、夏休み中遊び回りたいわけじゃないですよ? 家に籠って見たかった映画をまとめて消化したりだとか、撮りだめていたドラマを見たりだとかもしたいですが」

 そこまで早口でまくし立てると、


「やっぱり夏はプールか海か山に行きたいじゃないですか」

 すう、と大きく息を吸って僕に言い放った。


「……そんなもの?」

「そんなものですよ。だって、札幌で海に行こうと思ったら一番近いところは小樽や石狩で、車がないと行きにくいですし、プールだって温水プールがほとんどですし、山はむしろ夏じゃなくて冬に行って夜景やスキーを楽しむべきじゃないですか」


 なんだろう、本質的には伊吹もどこかにオタクの気があるのだろう、オタク特有の早口言葉で一気に僕に札幌という場所の愚痴をこれでもかとしてきた。


 まあ、確かに札幌市内にあるプールは温水プールが多いし、そこだってどっちかというと水泳をするための場所だ。レジャー用のプールはあるにあるけど、ホテルに併設とかそういうケースがほとんどで、子供だけで気軽に行ける場所ではない。海も然り。山はなるほど、札幌は日本三大夜景に選ばれているから、わざわざ登るなら夏ではなく冬、という言い分もわからないまでもない。


「その点、東京でしたら色々あるんじゃないですか? プールだって海だって山だって」

 ……東京に海は東京湾しかないだろうけど、まあそこは置いておいて。


「ま、まあプールはたくさんあるだろうね……。都内にも、ちょっと出れば湘南もあるし。山なら……まあ、ベタだけど高尾山とか。まあ、あそこは普通に登山なんだけどさ」

「ですよね、ですよねっ」

 ウキウキな様子で料理を続ける伊吹。


「それで、悠乃くんはどこに行きたいですか? 海ですか? プールですか? 山ですか?」

「……どこか行くのは確定事項なんだね」


「明日やろうは馬鹿野郎って、ドラマで言ってました。明日やるのが馬鹿野郎なら、来年やろうは大馬鹿野郎ってことですよね?」


 すんげえ論理だ。っていうか伊吹本当に高校生? そのドラマ、結構世代的にずれていない? それとも映画好きだから色々見て回っているの?


「……そうなの、かもね」

「はいっ、というわけで今年行きましょう!」

「……だったらプールで」


 山は疲れるし、海は電車で行けるとは言っても遠いし、それだったら近場で行けるプールのほうが引きこもりとしてはありがたい。


「わかりました! 悠乃くんがそう言うならプールにしましょう! 場所、私のほうで決めていいですか?」

「……あんまり遠くない場所だったらいいよ」


「オッケーです。あっ、あと、プールに行くなら新しく水着を買わないといけないので、悠乃くん、今度付き合ってくれませんか?」

「……はい?」

 今、なんて?


「ですので、水着を買わないといけないので、付き合ってくれませんか?」

「……ほわい?」


「もう私の下着も買いましたし、下着よりかはハードル低いんじゃないですか? それに、私のスリーサイズも把握してますよね?」

「言いかた! 言いかた! 把握しているんじゃなくて、伊吹が教えてきたんだよね?」


「そこはさて置いて。実際、悠乃くんと行くんですから、悠乃くんが選ぶのが自然じゃないですか?」

「自分で選ぶのが自然だと思います……」


「自分で選んだら、思わず体がスクール水着を選んじゃうかもしれないですーわー」

 ……何この棒読み。っていうかだめだめだめ、プールでスク水はまーじでやばいからだめ。僕も恥ずかしくて死ぬ自信がある。


「…………。……まーたこの展開なの?」

 強請りに応じたらだめってよく聞くけどさ。

 こういうことになるんだね……つまり。

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