第68話 でも、そのうち悠乃くんと結婚するから、高卒でも大卒でも関係なくないですか?

「? でも、そのうち悠乃くんと結婚するから、高卒でも大卒でも関係なくないですか?」

 先生と僕の問いに、さも当然のように答える伊吹。僕は頭を抱え、先生はあんぐりと口を半開きにして、ゆっくりと、


「……え、えーっと、おふたりはもしかしてそういう関係で……?」

「違います」「その予定です」

 どっちがどっちの台詞かは説明する必要はないだろう。


「……え、どっち……なの?」

「失敗しました。ちゃんとお嫁さんじゃなくて、悠乃くんのお嫁さんと書くべきでしたね」

 反省するところそこ? そこなの? 違くない? 違くない?


「え、えーっと……。お、おふたりはお付き合いを……?」

「「違います」」

 ハモった。ハモったけどこれは意味合いが違う気がする。


「悠乃くんとは、許嫁に近い関係です」

「……ああ、もう……」

「……えっ? えっ? えっ?」


 もう限界だったので、僕は財布から胃薬を雑に口に放り込んで、持ち込んでいたペットボトルのお茶で飲み込む。先生は先生できょとんとした顔で僕と伊吹の顔を見回す。


「すみません先生……えーっと、その、実はかくかくしかじかこういうわけで……」

 もはやどうしようもなくなってしまったので、僕は伊吹とは幼馴染であるということ、さらに現在も同じアパートの隣同士に住んでいること、伊吹とは何もしていない健全な関係であることをこれでもかと強調しておいた。


「は、はあ……。なるほど、そういうわけなんですね……。いえ、それぞれの家庭の事情に首を突っ込むのは野暮なので、私から何かというわけではないんですが……」

 色々理解がある先生で助かった。……でなければ、あんな進路希望調査票、困惑しながら僕に見せないだろうし。普通なら書き直させるだろうし。


「こ、高校生なんで色々多感な時期ですし、色々興味が出るのも当然だとは思いますが、特に松江さんは女の子ですし、そ、そういう事故だけはないようにお願いしますね……」

 そういう事故とは、つまりはそういう事故ってことだろう。


「いえっ、べ、別に高校生で出産するのが悪いとか、そういう話ではないんですが、えーっと、えーっと」

 ……あー、先生も色々配慮しないといけないだろうから大変だ。一瞬僕も何を言っているのかわからなかったけど、いつどこでどんな話をして保護者の(思想的な)地雷を踏むかわかったものじゃないからなあ。こんな二十歳なりたてのガキにまで気を使わせてすみません……。


「とっ、というわけですので、成績と生活態度自体に問題はないので、進路についてだけ、一度じっくり考える機会を作っていただけたらなあと思います。で、では今回はこの辺にしておきましょう。わざわざご足労いただきありがとうございました」

 先生はそう言うと、腕時計をチラッと確認し、伊吹の三者面談を切り上げた。


「こ、こちらこそありがとうございました。失礼しまーす」

 僕らは教室を出て、とことこと階段を下って昇降口に向かう。その道すがら、


「悠乃くん、今日のご飯何がいいですか?」

「んー、ここ最近肉が続いていたから、なんかサッパリした魚料理とか食べたいかも」

「わかりました。あっ、そういえば今日学校の近くのスーパーで魚が安売りしているチラシを見かけたんです、ちょっと寄っていきませんか?」

「う、うん。それならそれで別に……」


 主婦スキルが春よりどんどん上昇しているよなあ、と内心思いながら、僕らはひとりの女子生徒とすれ違う。その生徒は、伊吹とはまた違う色のタイを結んでいて、恐らく上級生なのだろう。


 何気なく、彼女とすれ違ったはずなのだけど、ふと、背中から視線を感じたので振り返ると、


「……ん?」

 すれ違ったはずの女の子が、なぜか僕のことをじっと見つめている。

 ……あの子、会ったことあったっけ……?


「悠乃くん? どうかしたんですか?」

「いっ、いや、なんでも」

「……女子高生がいっぱいいるからって、目移りしているんですか?」

「してないから、してないから」


「……むう。今日の晩ご飯、ご飯とわさびだけにしますよ?」

「なっ、なんで。っていうかおかずがわさびなの?」

「ご飯だけは用意してあげるので優しいほうだと思います」

「いやいやいや、僕のほうからは何もしていないのに、理不尽だっ」


「……じゃあご飯も抜きです」

「違う、まじでっ、まじで何も知らないから、目移りとかしようがないから、未成年に手を出すのは犯罪だからっ」

「でも、私なら純粋な関係なので犯罪ではないですよね?」


 ……ああ、胃薬もっと持ってきておけばよかった……。

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