第67話 ず、随分とお若い……お、お兄さんですか?
さて、時間はあっという間に過ぎていき、迎えた三者面談の日。
「──では、行ってきまーす」
伊吹はいつものように朝ご飯を作ってから、夏服に切り替わった制服を風に揺らして学校に出かけていった。
「……さて、僕は僕で。……二度寝するか」
なかなかに緊張したあまり、夜寝つくことができなかったからか、伊吹の作る朝ご飯の匂いに誘われて目覚めるまでに睡眠時間はたった一、二時間だった。
今日は幸いにも授業は休講なので、三者面談までゆっくりできる。
とりあえず、二度寝を満喫して、起きたら髭を剃って着替えて、学校に行く。よし、それでいい。それでいいんだけど……。
「……忘れないうちに、財布に胃薬だけ突っ込んでおこう」
伊吹を見送った玄関からベッドに戻る途中、台所の片隅の置いている薬箱から胃薬を取り出し、あらかじめ財布にしまっておいた。
……絶対、今日は胃が軋むこと間違いないから。
事実、僕が入学式以来、伊吹の通う高校の校舎に入ると、なんとも言えない居心地の悪さを感じた。というのも、僕は二十歳そこそこの大学生。ほんの数年前までは高校生だったわけだ。
大学生の僕が言うのもあれだけど、大抵の大学生は高校生となんら変わりはしない。せいぜい成人という看板を背負って酒を飲んで、好き勝手生きてるだけだ。なんだったら、高校生のほうがちゃんと生きている説まであると思う。いや、言い過ぎか。
話が逸れた。そんな人が、制服ではない格好で歩けば、それはそれで注目を浴びるだろう。最近まで道でしか目にすることのなかった高校生たちが、放課後の予定を話し合いながらすれ違っていく。
階段を進み、一年生の教室が連なるフロアに出る。キョロキョロと辺りを見回すと、教室の前に設置された椅子にちょこんと座って待っている伊吹が、ヒラヒラと手を振って僕に合図してみせた。
「あっ、悠乃くーん。こっちでーす」
当然、このフロアの廊下にも他の生徒はチラホラと残っており、
「……えっ? 今の人、松江さんのお父さん?」「にしては若すぎじゃない……?」「じゃ、じゃあ、お兄さん……?」「っていうか、お兄さんでもお父さんでも、名前で呼ぶ……?」「確かに」
ああ、僕にとってさぞかし胃が痛いひそひそ話をして通り過ぎていった。
そうなるよね、絶対そうなるよね。……大丈夫かなあ、下手なこと疑われなければいいんだけど……。
「あ、あははは、元気そうで……」
僕は苦笑いを浮かべながら、伊吹の隣の空いている椅子に座る。開始時間の五分前ピッタリだ。
が、しかし、僕の気配を察知したのか、教室で待っていたらしい、若い女性の担任の先生が、ひょこりと顔を出しては、
「あ、いらっしゃった……んですね。あれ? ず、随分とお若い……お、お兄さんですか?」
開口一番、僕の姿に目を丸くさせていた。……心中お察しいたします。
「……いえ、知人というか。一応、彼女の両親から代理は頼まれてます……」
「あ、ああ。そういえば親御さん、実家の北海道にいらしているんですものね、わかりました。そういうことなら」
どうぞと言われ、僕と伊吹は教室に入り、よっつ正方形に形作られた机に向かい、伊吹と並んで椅子に座る。
「初めまして、松江さんの担任をしています、
簡単に自己紹介を済ませると、先生は普段の伊吹の様子について淡々と話していく。が、大体予想していた通りで、
「──とまあ、授業態度もいたって真面目ですし、成績も申し分ないので、特段私から言うことはないんですけど……」
ですけど……?
「……これに関してはウマが合う合わないもありますし、このご時世、学校だけで友達を作る必要はないんですが、それにしてもひとりでいる時間が長いかなあと……」
……ここは予想通り。ゴールデンウイークの様子からしてもそりゃそうだろうなあって。
「……あと、先日提出してもらった、進路希望調査なんですけど」
すると、半分恥ずかしそうに顔を覆った先生が、おずおずと僕に一枚のプリントを差し出した。その内容を見ると、
「……第一志望、お嫁さん。けほっ、けほっ! いっ、伊吹っ?」
「私もまさか本当にお嫁さんって進路希望調査に書く子がいるとは思わなくて……一度本人とは話したんですけど、全然揺らがなくて。成績からして、全然国公立は狙えますし、本気になれば旧帝大も夢じゃないんですけど……進学の意思があるのかなあと思いまして」
「あははは……ど、どうなのかなー? 伊吹?」
……あとごめんなさい。胃薬飲んでもいいですか? 先生。
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