今年16歳になる幼馴染が婚姻届を持って僕の隣に引っ越してきた件~来年から結婚できる年齢が変わるからって慌てないでください~
第56話 もしもし、悠乃くんに捨てられてひとり悲しく晩ご飯を作っている松江です
第56話 もしもし、悠乃くんに捨てられてひとり悲しく晩ご飯を作っている松江です
「……え、えっと……このアパートの来月の家賃がまるまる足りない計算になる……かな」
「…………はっ」
やばい、一瞬真面目に夜に屋外でマッチを売る稲穂さんの姿を想像してしまった。合法ロリマッチ売りの少女だなあとか思ってしまった僕を殴りたい。
「ま、まあ、今月これからずっとパンの耳生活にして、扇風機も電気も全部消してトイレも外でして水も最低限にして過ごせば多少はマシになると思うけどね」
「それ前提の条件が厳しすぎますって」
今はギリギリ梅雨だからいいけど、真夏にそれやったら熱中症か夏バテで死にますよ。
「……実家のほうから少し支援してもらうとか、難しいんですか?」
バイト先が潰れる、新しいバイトを探す時間が今はない、となれば、次いで自然な流れになるのは実家を頼る、という選択肢。ただ、
「……そんなこと言ったら、わたしの親、ただでさえカツカツなのにないお金割いちゃうよ。結局、パンの耳を食べるのがわたしになるか親になるかの違いだよ」
耳が痛すぎる。さすがに人のいい稲穂さんに親に霞を食わせろなどと言えるはずもなく、他の案を探すことに。といっても、
「……やっぱりお金借りるか、お給料いいところで働くか、大学辞めるかしかないよね」
それでも思い浮かぶのはまともではないその三択のみ。僕に今すぐ紹介できるバイトがあればいいのだけど、ぼっちの僕にそんな当てがあるはずもない。
そして、お給料いいところ、の深い意味は、大学生ともなれば伝わってしまうもので。
「……せっかくここまで来たのに、大学は辞めたくないし……うう……」
だああ、このままでは取り返しのつかないことになりそうだ。うーん、うーん。
「……稲穂さん、今月いっぱい終われば、新しいバイト探せるんですよね?」
彼女が意を決してしまう前に、僕はもう一度このことを確認する。
「う、うん。中間テストが終われば、拘束時間も減るからその分バイトも探せるよ? 面接だって行けるようになるし」
「……来月振り込まれるであろう今月分の給料で、家賃だけなら支払えますか?」
「え、えっと……働いた日数がひいふうみい……残った出勤日数も足せば……うん、家賃だけってなら払えるよ?」
なるほど。それならなんとかなるかもしれない。
「……ほんとはこういうのやっちゃだめなんですけど。伊吹の部屋でほとぼりが冷めるまで寝泊まりするっていう案はどうですか?」
「ふぇ……? 松江さんの家……?」
「そうすれば、家賃と携帯代以外の生活費は全部削れます。食費も追々返してくれれば十分です。これなら、来月までなんとかもつんじゃないですか?」
アパートによって規定が違ったりするのだけど、住居者以外が長期間寝泊まりするのは色々と問題があるのだけど、この際親戚ってことにして誤魔化してしまえばいいだろう。
「えっ、でっ、でもそんなの松江さんにとてつもない迷惑かけることになるし、だいいちわたし松江さんに嫌われてるし」
「安心してください。僕、伊吹から『なんでも言うこと聞いてあげる券(無期限回数部制限)』を貰っているので」
「何その都合が良すぎるひみつ道具」
多分、伊吹もこういう用途に使われるとは思っていないだろうから、それをお願いしたら本気で怒ってきそう。捨て犬・猫を拾ってくるのではなく、人を拾ってくるのだから。
「なので、稲穂さんの気持ち次第です。今回は不可抗力の緊急事態ですし、仕方ないんじゃないんですか……?」
これが、稲穂さんがバイトブッチしまくってクビになったとかなら話は別だけど、今回に関しては稲穂さんに非は一切ない。こんな不条理な形で稲穂さんの人生を歪ませるわけにはいかない。
「あっ、別に利子を取ろうとか、そんなあくどいことは考えてないですからね」
僕がそこまで話すと、稲穂さんはうるうると瞳を揺らし、
「……石原くん、前世神様だったりする?」
半分冗談っぽい言葉を大真面目に呟いた。
「残念ですけど、前世の記憶は僕持ってないんですよね」
「……じゃあ、それでお願いしても、いいかな」
「オッケーです。早速、伊吹に電話して──」
こういうことは早めに連絡するに限る。僕が電話すると、すぐに伊吹が、
「もしもし、悠乃くんに捨てられてひとり悲しく晩ご飯を作っている松江です」
背後に油跳ねの音を響かせながら寂しそうに出てきた。捨てたわけじゃないんだけど。
「え、えっと……かくかくしかじかあって……」「はい」
「稲穂さんをしばらくの間、伊吹の家に泊めてあげて欲しいんだけど、いいかな」
「……本気で言ってます?」
「うん。だから、なんでも言うこと聞いてあげる券を使いたいんだけど」
「…………。私、そんなつもりであの券作ったわけじゃないんですけど……」
「ちなみに、伊吹が断ると忸怩たる思いで僕の部屋に泊めることになる」
「喜んで泊めさせてもらいますねっ、悠乃くんっ」
よくも悪くも伊吹が単純で助かった……。
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