第55話 了解しましたー怒怒怒
「……わかりました。とりあえず今日のテストが終わったらこれからのことを考えるためにゆっくり話しましょう? 今日は何限まであるんですか?」
授業中も魂がぽっかり抜けたまま稲穂さん。これでは取れる単位も落としかねない。
「え、えっと……ろ、六限まである……よ?」
うわあ……ハードスケジュール過ぎる……。さすが法学部。……そもそも文学部だと六限にある授業そんなにないから意識にないけど。
「……じゃ、じゃあ六限終わるまで大学いるんで、全部終わったらラインもらえませんか? な、なんか適当に晩ご飯食べながら話しません?」
「……あ、ありがとおおお」
さて、三・四限と一緒に授業を受け終わり、僕は図書館で本を読んで稲穂さんの授業終わりを待つことに。伊吹には晩ご飯がいらなくなったことを三限の段階で伝えてあったので、大丈夫、なはず……。
松江 伊吹:了解しましたー怒怒怒
大丈夫じゃないなこれ。この間下着一緒に選ばされてメンタルブレイクされたのに、次のイベント一直線って感じがするな。僕は平和に暮らしたいだけなんだけどなあ……。
しかしまあ、稲穂さんを放っておく選択肢はないので、こうなるのはやむを得ないっちゃやむを得ない。
三限、四限をピークに人で賑わっていたキャンパスは、五限になるとその賑わいを失い、六限になると一限以上に学生の姿を目にすることが難しくなる。この時間にいるのは、せいぜいサークルや部活動で残っているのがほとんどだろう。
それは図書館でも同じことが言え、お昼の時間ではほとんどの閲覧席が埋まっていたけど、こんな夜の時間まで図書館にいるのは、卒論に忙しい四年生か昼寝・読書に快適な空間を満喫しているかの二択だろう。かくいう僕も後者だし。だって学食より空調の効きがいいから図書館。
持ち込んだ読みかけのラノベと、電子で買っていた積んでいる漫画を何冊か読破したタイミングで、おやすみモードに設定していた僕のスマホが、音もなく稲穂さんからのラインを通知する。
……授業終わったか、じゃあ図書館出るか。
それを見て、僕はそそくさと席を立ち、僕がいたときから隣の席でいびきを立てて寝ている男子を横目に最寄り駅の改札口へと歩き始めた。
改札にはしゅんとした様子の稲穂さんが既に待っていて、いつかのように、僕の姿を見て子供っぽく振舞う元気すら残っていないようだ。
「お待たせしました。それで、どこで喋ります?」
僕が声を掛けて、ようやく気づいたくらいだったし。
「あっ。う、ううん。わたしこそ、こんな時間までごめんね。それで……えっと……」
「とりあえず、改札入りましょうか」
言い淀む稲穂さんと、電光掲示板の次の電車の時間を見比べそう言うと、ぎこちないながらも彼女は僕の後をついてくる。階段をぽつぽつと下りながら、
「……外で食べる余裕はないから、わたしの家でもいい、かな?」
まあ、先輩ならそう言うでしょうね、という台詞を話した。
「……別に、僕の奢りとかでも」
「そういうわけにはっ……今年入ってから奢られすぎな気もするし、わたし。……あと、パンの耳デーを増やさないとまずいかもしれないから、石原くんはコンビニかなんかで適当に、って感じでもいいかなあ……?」
「そ、それ聞いてはいそうですかって──」
「これから、とんでもなく重たい話をするのに、人のお金でご飯食べるなんて、そんなことできないよ……」
痛切な言葉に、僕は言い返すこともできず、
「稲穂さんがそこまで言うなら……はあ……」
頷くことしかできなかった。
ちょうど滑り込んで来た帰宅ラッシュのピークが過ぎた電車に乗り込んで、僕らは稲穂さんの家へと向かいだした。
途中、話通りにコンビニに寄り、僕の分の晩ご飯(おにぎりとカップ麺)、あと僕のおやつ用と銘打って稲穂さんにつまんでもらう予定のお菓子を買い、稲穂さんの家を訪れる。
段ボールで作った簡易のテーブルに、僕のご飯を並べ、向かい合って座って、
「……それで、バイトを探す余裕はないって言ってましたけど、いつ頃までそんな感じなんですか?」
本題に入った。
「……えっと、少なからず今月いっぱい、かなあ」
「っていうことは、長く見積もっても一、二か月くらい無収入になる恐れがある、ってことなんですね」
「う、うん……」
「……ちなみに、そうなった場合、足りない額っていうのは……」
「え、えっと……ね」
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