今年16歳になる幼馴染が婚姻届を持って僕の隣に引っ越してきた件~来年から結婚できる年齢が変わるからって慌てないでください~
第63話 どうしてもお礼をしたいのでしたら、今すぐ悠乃くんから手を引いてくれるのが最大のお礼になるんですが
第63話 どうしてもお礼をしたいのでしたら、今すぐ悠乃くんから手を引いてくれるのが最大のお礼になるんですが
それから数日。晴れて稲穂さんは再びバイト先を見つけることができたそうだ。場所は、稲穂さんのアパートの近くのファミレス。……また飲食店なのは、きっと賄い目当てなんだろうな……。なんだったら、時給や福利厚生なんかよりも、「まかないあります」、この文字が求人にあるかどうかでバイト選んでいるまでありそう。
……いや、いいんだけどね、人の自由だから。僕がとやかく言うことではない。
「それじゃあ、長い間お世話になりました」
引っ越しもとい、伊吹の家から撤収する当日、大きく膨らんだリュックサックを背負いながら、玄関前に立ってそうお礼を言う稲穂さん。
「また気が向いたら遊びに来てください、いつでもいいんで」
「……私の家はいつでもは駄目ですけどね」
「松江さんも本当にありがとう。今度お礼させてね」
「どうしてもお礼をしたいのでしたら、今すぐ悠乃くんから手を引いてくれるのが最大のお礼になるんですが」
「ん、んぐっ。……そ、それは許して欲しいかなあ……あはは……」
最終日でさえバチバチしているよこのふたり。長期間の共同生活で仲良くなったりとか、そういう少年漫画とかにありがちなイベントはなかったの……?
「ほんと、ありがとうございました──」
そして、最後にそう言いながら頭を下げた次の瞬間。
ドサッドサッ!
と口が空いていたリュックから中身が次から次へとこぼれ落ちてきた。
「はわわわっ、あっ、あれっ? 閉まってなかったの?」
勉強道具や本、スマホの充電器をはじめとして、荷物のメインでもある着替えさえも落ちてしまい、そのなかには当然と言えば当然なのだけど、
「……悠乃くん、見ちゃだめですよ」
「し」で始まって「ぎ」で終わる三文字のあれやこれやも散らかっていて、即刻伊吹に目隠しをされてしまった。……別に見たかったわけではない。
「……狙ってやったわけではないですよね?」
「ちっ、違うよっ、そ、そんなことするわけないよっ」
「色々法スレスレな気もするんですけど……」
「け、刑法174条の解釈は色々と難しいんだよっ、そもそも公然って不特定多数の人にって解釈だから、わたしたくさんの人には見せてないよっ」
「……そういう問題なんですか? 屋外で下着散らかしたって事実がもう恥ずかしい気がするんですけど」
「……うぐ、それは、そうだけど……」
などといった会話を経て、五分くらいかかってようやく片付け終わったそうで、伊吹の目隠しは終わりとなった。目もとのあたりに、伊吹の手のひらの熱がちょっとだけ残っている感覚がする。
「……で、では、改めまして、お、お邪魔しました……」
「は、はーい、お気をつけてお帰りください……」
そうして、稲穂さんは本来帰るべき自宅へと、足を向かわせていった。
「……では、邪魔者もいなくなったので、悠乃くん。早速ですが勉強を教えてください」
その直後、今度は勉強道具の入ったトートバックを両手に抱えた伊吹が、さっきまでのむくれた顔から一変、汚れのない綺麗な笑みを浮かべて僕の部屋へと押しかけてきた。
「……え? い、いや、別に僕に教わる必要なんてないんじゃ」
「いやー、実はこの間の数学の小テストで、酷い点数取っちゃいまして……」
伊吹はするとバックの中身から小テストの答案用紙を取り出した。そこには、赤ペンで清々しく書かれた「0」の文字と、
「ここらへんが全然わからなくてー」
恐らく教科担任の先生が書きこんだであろう、「……体調でも悪かった?」の文字が、チラッと見え隠れした。
「……た、体調でも悪かったの……?」
なので、僕がその先生の代わりに質問を代弁してあげると、
「いやだなー、悠乃くん、女の子にそんな質問するなんて、デリカシーがないですよー。いくら悠乃くんと言っても、答えたくない質問のひとつやふたつありますってー」
正論と言えば正論なんだけど、言いかたが怪しさマックスなので胡散臭いというか、なんというか。
「……え、ええ……?」
「というわけで、よろしくお願いしますね? 悠乃くん」
稲穂さんが帰った直後のタイミング、そして理由付けのための小テスト。……頭は回っているんだ。ただ、その優秀な頭をもう少し、何か別のことに使ってあげることはできないのかなあ……。
「わ、わかったよ、わかったって……」
……高校数学、まだ覚えているかなあ……僕。
一抹の不安を覚え、僕は頭の片隅の残っているであろう、公式や定理を続々と引っ張り出し始めていた。
***
繰り返しになりますが、法については稲穂さん(もとい、作者調べ)の見解です。最近更新が滞り気味でしたが、作者の卒論が提出し終わりましたので、これからはもっと早くできると思います(多分)。
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