第64話 あっ、73じゃなくて74でした、すみません

「……それで? わからないっていうのは……?」

「二次関数のところなんですけど……」

 響きが懐かしい。二次関数ならギリ覚えてそう。これで三角比とか微分積分とか言い出したら僕も一緒に教科書読まないともう忘れているよ。


「ここの、最大値と最小値を求める問題が……」

 しおらしくテーブルの隣に座った伊吹だったけど、僕は見逃していない。伊吹が几帳面に教科書の例題の部分に〇をつけていることを。


 ……つまるところ、恐らくこの問題は授業中に解けたよってことをメモしているのだろう。多分。しかし、それを指摘してもきっと伊吹はしらばっくれるだけで何も進まないので、突っ込みは堪えて淡々と解きかたを教えていく。


 ……いや、これマジで何の時間? お互い内容わかっているのに何をやっているの僕たち?

 僕が教えるまでもなく解きかたはわかっているはずなので、伊吹はスラスラとルーズリーフの上に途中式を書いていき、


「できました、これで合ってます?」

 と、答えを僕のほうに見せてきた。が、


最大値:73(x=aのとき)

最小値:60(x=78のとき)


「んんんん? え? 何?」

 書かれた答えはおよそ正解とは程遠いもので、っていうかこんなにxが取りうる値に幅あったっけ?

 あと、aの文字がやけに悔しそうに震えているのはなんでですか? bを消しゴムで消した跡も見えるんですが。


「あっ、73じゃなくて74でした、すみません」

「……いや、ごめん。割と本気でわからない。この数字は一体どこから……?」

「……もう、皆まで言わせる気ですか? 私のスリー──」

「──ぶふぉっ! けほっ!」


 出てきた言葉に、思わず飲んでもいないお茶を吹きそうになってしまった。何その心霊現象怖すぎるんですけど。


「……二次関数最大値最小値出す問題で自分のスリーサイズ書く人初めて見たよ。っていうかそれを僕に教えてどうするの」

「え? また下着を選んでいただくときの参考にしてもらおうかと」


「……なんでまた僕が伊吹に下着を買う前提になっているの?」

「そうやって少しずつ悠乃くんに選んでもらったものを増やしていって、幸せを感じるものではないんですか?」

 そうなのかも、そうなのかもしれないけど。


「あ、身長は教えてもいいですけど体重は駄目ですからね? いくら悠乃くんでも、体重は恥ずかしいので教えられません。それ以外のパーソナルな情報だったら、聞いてくれればどんどん教えちゃいます」

 聞いてないから、そもそもスリーサイズ自体聞いてないから。


「……もう、真面目にやらないと勉強教えないよ?」

 教える必要もないんだろうけど。

「ああっ、すみません、真面目にやるので見放さないでくださいっ」

 すると教科書に向かい直した伊吹だったけど、拍子に消しゴムを床に落としてしまい、それをキャッチしようとした途端、


「あっ、消しゴムが──」

「──おわっ、いっ、伊吹まっ──」

 伊吹の身体が、そのまま座っていた僕の正面に飛び込んできた。

 ドタドタとちょっと大きな音を鳴らし、視界を整理すると、おもっきし僕を押し倒している伊吹の様子が。


「あっ、え、えっと、す、すみません。そ、そういうつもりじゃ……」

 若干顔を赤くした彼女は、すぐに僕の上から起き上がって、テスト勉強を再開する。


 ……? 今日はやけに大人しいなあ。普段の伊吹だったら、この調子のまま「じゃ、じゃあ次は保健体育の保健のほうを教えてください」とか真顔で言ってきそうなものだったのに。


 いや、いいんだけど。いいんだけどね? 僕の精神衛生上そっちのほうが全然ありがたいから。


 それからというものは、晩ご飯の買い物に行く時間まで、割と本気で伊吹がわからなかったであろう、模試とかで出てきそうな一番難しい部分をどんどん僕に聞いてきたので、答えるこっち側としても必死だった。


 なので、勉強会が終わる頃には僕の頭はすっかり消耗しきってしまっていた。こんなに疲れたのは大学受験のとき以来かもしれない……。大学のテストでもこんなに疲れた覚えはないぞ……(稲穂さんには謝ったほうがいい)。

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