第65話 俗に言う、親凸ってやつですか

 そうしてたまに伊吹に(必要もない)テスト勉強を教える日々が続き、伊吹のほうは期末テストを迎えた。その時期くらいご飯は僕が作ろうか、とも言ってみたのだけど、伊吹曰く「全然平気です、もうご飯作るのに慣れちゃってむしろやらないほうが気持ち悪いくらいなので」と言い放ってしまうくらい。


 そこまで言うなら……ということで今回は引き下がったけど、あれ? これ大丈夫? 徐々に僕の生活に伊吹が着々と存在感を増すようになってきている気がするけど……。


 さて、とまあ基本的に僕の周り三人は普段通りの生活を取り戻していた、ある日の昼休みの学食のこと。

 僕はひとりでそれなりに安い醬油ラーメンを食べていると、


「隣、いい?」

 これまた学食で一番安いもりそばをトレーに乗っけた稲穂さんが空いている僕の隣の席に座った。


「いいですよ。っていうか、この時間に席を選んでいる余裕なんてないんじゃ」

 実際問題、昼休みは多くの学生がこぞってお昼を食べに来る。僕らの通う大学、周りにコンビニすら探さないとない、という有り様で、たった四十分の昼休みでご飯を食べようと思うと、学食しかない状況だ。それゆえに、毎日お昼の学食は大混雑していて、席を選ぶ自由なんてものはない。


「それもそうだね。じゃあラッキーだったね、たまたま石原くんの隣が空いていたわけだし」

「……ま、まあ、別に僕は全然──」

 と、隣に座った稲穂さんのトレーを見ると、なるほどもりそばの横に、無料でつけることができるお新香がこんのりと小皿に積まれていた。


 ……大丈夫、先輩は何も悪いことはしていない。無料でどうぞとやっているのだから、当然の権利を行使したまでだ。それに、ちょっと多いかな、くらいの量だし、咎められることもないだろう。うん、そうに違いない、そうなんだ。

「──大丈夫ですよ」


 この間一秒。……あまりにも間を置いてしまったら、稲穂さんに僕がお新香を凝視していたのがバレて、なんかいたたまれない雰囲気になるところだった、危ない危ない。


「……それじゃ、いただきまーす──」

 席についた稲穂さんが、両手を合わせてそう言っては、割りばしをパチンと割ってもりそばに箸を伸ばしたその瞬間。

 稲穂さんのものと思われるスマホがピロリンピロリンと着信を告げる。


「……あれ、電話だ。誰だろ……って、おっ、お父さん⁉」

 トップスのポケットからスマホの画面を確認すると、驚愕する稲穂さん。すぐに両脇に視線を飛ばしてはペコペコと頭を下げて、


「ごっ、ごめんね石原くん、ちょっと電話だから」

 そう言っては人の少ない屋外へととてとてと歩き出す。


「も、もしもしお父さん? どうしたの? 電話は電話代かかるからってしないって言ってたのに──えっ、そ、そんな変な仕事なんて始めてないって、本当だよう」

 ……最後に、世知辛い一言と、父親としては至極真っ当な心配をした模様で。


 それからものの五分とかからずに稲穂さんは電話から戻ってきた。

「……ううう……」

 しかし、稲穂さんの顔色はどこか苦虫を噛み潰したようなものになっていて、お世辞にもあまりいい会話をしたとは思えない。


「……な、なんかあったんですか? まさか、大学辞めさせられるとか?」

「そ、そういうわけじゃないよ? ほ、ほら、この間、バイト先潰れたときに色々バタバタして、その割には何事もなくわたしの生活が回っているから、お父さんが何かわたしが……いやらしい仕事してないかって心配になったみたいで」

「は、はあ」


 そこまではなんとなく聞こえていたけど。まあ、お父様の気持ちもわからないこともない。


「いくらわたしが大丈夫って言っても、信じてくれなくて、一度東京に来てわたしの様子見に来るって」

 ただ、続いたその一言には、僕は思わず聞き返した。


「……はい? 今、なんて」

「……お父さん、たまたま町内会の福引で東京までの深夜バスの往復のチケット当てたから、それを使ってわたしの様子見に来るって」

 なんか情報量が増えた気がするけどそこは置いておいて。


「……俗に言う、親凸ってやつですか」

「……多分、石原くんに会いにくるつもりだよ、これ」

「…………。わお」


「仮にわたしが変な仕事してるとしたら、辞めさせるつもりだろうし、石原くんのこと知ったらそれはそれで多分本気でお礼を言いにくる人だから……お父さん」


 え? 伊吹の学校の三者面談の次は、稲穂さんのお父様との三者面談ですか?

 何、この人生ハードモード。


 乗り切られるの、これ……?

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