今年16歳になる幼馴染が婚姻届を持って僕の隣に引っ越してきた件~来年から結婚できる年齢が変わるからって慌てないでください~
第62話 なので、この日付のなかから、都合の悪い日だけバツ印をつけてもらっていいですか?
第62話 なので、この日付のなかから、都合の悪い日だけバツ印をつけてもらっていいですか?
それから、しばらくの時間が経過した。稲穂さんのテストも佳境に入って「じゃあこれからバイトの面接に行ってきまーす」と僕に話して伊吹の部屋を後にすることも増えてきた。これでとりあえず当面の問題は解決しそうかな……と思って安心していると、
「悠乃くん、ただいまー」
授業が午前で終わって暇をしていた僕の家に、いつものように学校が終わった伊吹が帰ってきた。……ただいまーと言っている件についてはもう突っ込まない。
いつもだったら共用している食費の財布に手を取って、冷蔵庫の中身と相談してから買い物に行くのだけど、この日はいそいそとカバンからクリアファイルを手にしては、
「悠乃くん、ちょっと折り入って相談したいことが……」
わざとらしく膝を丁寧に折りたたんで床に正座し始めた。
……え? 何? もしかしてお金せびられる? これが噂に聞くパパ活ってやつですか? 正直違いがよくわからないのだけど……。
「え、えっと……なんでしょう?」
ただまあ、伊吹が真面目に話をしようとしているのを茶化すのも年上としてどうかと思うし、腰かけていたベッドから降りて、伊吹の真正面に座る。
……これで、クリアファイルから二枚目の婚姻届が出てきたら聞き流す自信があるけどね。
「ちょうどこれから、中間テストがあるんですけど……」
ああ、確かに、大学が中間テストなら高校も中間テストがあるのは不思議ではない。
「……あれ? もしかして、赤点取りそうだったりする?」
いつも以上に下手に出てくるあたり、勉強を教えて欲しいと頼んでくるのかと思った僕は、先手を打とうとする。
「いえ、そんなに危なくは──んんっ、そうなんですよ、ちょっと何科目か危ないのがありまして」
……違った。この子、全然勉強できる子だ。多分僕より頭いいまでありそう。
「うん、全然大丈夫そうだね。それで? 本当の用件は?」
「ああっ、待ってくださいっ、ほんとに危ない科目はあるんですー」
「あー、はいはい、稲穂さんに教えてもらってください」
マジレスすると、稲穂さんは余裕で偏差値七十とか超える頭いい人だから。僕より適任だろう。
「……いえ、それで、本題なんですけど」
稲穂さんの名前を出した途端、話を変える伊吹。よほど稲穂さんを頼るのが嫌なのだろう。
「中間テストが終わったあと、夏休み前に三者面談があるんですけど」
ああ、三者面談。懐かしい響きだ。高三のときとか結構やった記憶がある。
「お父さんもお母さんも、東京出て来れないみたいで、代わりに悠乃くんに行ってもらいなさいって」
「……ん?」
「なので、この日付のなかから、都合の悪い日だけバツ印をつけてもらっていいですか?」
スッとテーブルの上に差し出されたプリントは、確かに「三者面談のご案内」と書かれている。
「え? え? ぼ、僕が出るの?」
「はい。悠乃くんです」
「……まじで言っています?」
「おおまじです」
……二十歳にして、一体誰が高校の三者面談に保護者側として参加することを誰が想像できるだろうか。ましてや、兄としてではなくだし。
「……どんな顔して伊吹の担任の先生とお話しろと?」
「普通に、将来を誓い合った者の顔をすればいいんじゃないでしょうか」
真面目な顔で何を言っているのだろうこの子。
「……え? 行かなきゃ駄目? 高一の三者面談って、最悪二者になってもいいんじゃ」
「でも、ここに、『可能な限り参加をお願いします』って書いていますし……」
「うぐっ……」
確かに、春の段階で伊吹のご両親から伊吹のことは任された。任されたけど、まさかこうなるとは思わないじゃん……。
しかし、ご両親の頼みとなると、無下にするわけにもいかない。仕方なく、筆箱からボールペンを手に取って、都合が悪い日にバツを書こうとしたのだけど……。
……ほとんど行けちゃうよ、僕。つくづく自分の暇さ加減が……。
全部空欄(要するにどこでも大丈夫)で渡すのも恥ずかしかったので、適当な場所に何個かバツを書きこんだ僕は、
「……は、はい。これでお願い……」
「わかりましたっ。日程が決まったら、またお伝えしますねっ」
僕からプリントを満足そうに受け取った伊吹は、
「では、私はこれから晩ご飯の買い物に行きますね」
それだけ言って僕の部屋を後にしていった。
……担任の先生、目丸くしそうだなあ……。
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