第61話 それが私には十分気に食わない。
〇
胡麻さんがお風呂から上がって私の部屋に戻ってきて、悠乃くんが自分の家に帰ったタイミングで、電気を落として寝ることにした。
胡麻さんは本当に初めて私の家に来た日からずっと床にタオルケット一枚で眠っていて、それでいて朝の目覚めはスッキリしていて、これまでどういう生活をしていたのか、それだけでも伝わるものがある。
多分、悠乃くんは全部知っているのだろう。この人のことを。
だから、この人はこの人で、悠乃くんのことを慕っているし、それ以上に好いているんだろう。
それが私には十分気に食わない。私の知らないところで悠乃くんとわかり合っている感じがするのがとてもとても気に食わない。
なので、本当だったら今すぐにでもこのみっともなくてどうしようもない嫉妬の感情に任せてこの人を家から追い出したいところだけど、なかなかそうできるほど私は悪役にはなれない。
きっと、そうしたら悠乃くんは私のことを嫌いになってしまうだろうから。
悠乃くんも、それをわかった上できっと私の家に泊めるよう「なんでも券」を使ったのでしょうけど。
……だからといって、私のいない間に悠乃くんとイチャつくのは断じて看過できませんけど。
「……人の家で男性を襲いかけた感想を聞いてもいいですか? 胡麻さん」
なので、豆球だけ残した薄闇のなか、床で横になっている彼女に私は毒を含め尋ねる。
「いやっ、おっ、襲うだなんてそんなことっ」
胡麻さんはバサっと音を立てて、上半身だけ体を起こしたみたいだ。
「……一度だけならまだしも二度ですからね。言い訳は聞きませんよ」
「ひっ、ひぅ……うう……」
「さすがに三度目を許すわけにはいかないので、ひとつルールを決めませんか?」
「る、ルール?」
「そうです、ルールです。胡麻さん、法学部なんですよね? ならいいじゃないですか、ルールを決めればわかりやすくなります」
「そ、それはそうだけど……」
「では、紳士協定ならぬ、淑女協定といきましょう。どちらかが悠乃くんとお付き合いできるまで、悠乃くんを襲うのはルール違反、ということで」
……一般的に、男女が身体を重ねるのは付き合うか結婚して以降な気もしますけど、こうでもしないと発情猫さんはそのうちやっちゃいそうですし。
「い、違反したら?」
「んー、そのときは、大人しく身を引いてもらいましょうか」
「…………」
「私だってそれなりにこのルールでデメリットがあるんです。胡麻さんがこれを飲まないのなら、考えがありますよ?」
「わ、わかったから、そのルール、わたしも飲むから……」
「では決まりです。あとは真っ当な手段でいかに悠乃くんを落とすかの競争なので、そこのところは恨みっこなしということで」
別に、私も色仕掛けしかレパートリーがないわけではないですし。本当ですよ? 本当ですからね?
というわけで、今後の悠乃くんについての予定を頭に思い浮かべながら、私は眠りにつこうとした、のだけど。
「……胡麻さん、豆球消さないでくれませんか?」「……だって、電気代が気になって仕方ないんだよう……」「ここ私の家なので気にしないでください割と本気で」「うう……」
〇
「……あああああ……やっぱり動揺してたのかなああああああ……」
僕は、ふたりが入った後のお風呂場に足を踏み入れた瞬間、頭を抱えた。
というのも、浴室の床に、これまたどこかで見たことのあるような縮れたブツが一本落ちていたから。
いや? わからないよ? もしかしたらたった今落ちたのかもしれないし、「これまた」じゃないパターンだってあり得るわけだ。
一応、伊吹にも可能性があることはこの間の会話で把握してしまったわけで。ただまあ、性格的にも、順番的にも、多分稲穂さんなんだろうなあって思えてしまうのが悲しいやら。
伊吹はいい意味でも悪い意味でもしっかり(それを世間はちゃっかりとも言うのだろう)しているから、こういうミスはしないだろう。
伊吹ならこう……もっと直線的にやるだろうし。うん、間違いない。
「……僕は何も見なかった。何も見なかった」
今度から、女性が入った後の浴室に入る際には目をつぶったまま一度シャワーで床を流そう、心に決めて、僕は蛇口を捻った。
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