第60話 お礼にかこつけて、悠乃くんと乳繰り合おうとしていますし
「へー、ふーん、へー」
そのままむすっとした顔つきに面持ちを変えた伊吹は、冷や汗を流す僕の顔を冷めた様子で見つめる。
「お礼……ですか」
そこで意味ありげに両手で楕円(もとい胸)を描かないで。あなた正真正銘の女子高生でしょ? そんなジェスチャーするなんて僕悲しくて泣いちゃうよ。
「……確かに私の部屋に泊まるように斡旋したのは悠乃くんですけど、実際に泊めているのは私なんだけどなー胡麻さん。そこらへん、何か勘違いしてるような気がするんですけど、私の思い違いかなあ」
「おっしゃる通りでございます」
……別の意味で怖くて泣きそうになっちゃったよ。
「……まあ、胡麻さんにも色々あるんだろうなあって思うこともあるけど、それにしても悠乃くんにだけお礼をして私には何もっていうのは違う気がするんですよねえ」
「……ははは、それはそうだろうけど」
多分稲穂さん、伊吹のこと相当怖がっているよ。お礼したくても怖くてできない説が僅かにある気がするよ。
「お礼にかこつけて、悠乃くんと乳繰り合おうとしていますし」
「ち、乳繰り合うて」
今どきそんな単語、嫉妬に燃える人の口からしか聞いたことないよ。……それなら正解なのか。
「で? 本当に何もしていないんですよね?」
「な、何もしてないよ、まじで、本当に」
「ほんとのほんとに何もしてないんですね?」
「ほ、ほんとだって……」
「ほんとのほんとのほんとにですね?」
い、伊吹さーん、徐々に顔近づいてますー。ただでさえ近かった距離が、鼻と鼻がくっつきそうな勢いにまで近づいてますー。
「う、嘘はついてないって……」
最終的には、僕の上に馬乗りになって床ドンのような形まで追い詰められた僕は、絞り出すような声でそう返す。
「……わかりました。そこまで言うなら恐らくそうなんでしょう」
僕の答えに一応は納得してみせた伊吹は、そう言うと床に座りなおしては、ドライヤーをコンセントに繋いで髪を乾かし始める。
「……けど、ところかまわず胡麻さんに発情されちゃうと、いくら悠乃くんとは言え陥落してしまうかもしれませんし、そこらへんのこともきっちり協定を決めないといけないですね」
「あ、あははは、そ、そうなのかもねー」
ドライヤーの騒音に負けないくらいの声だったので、相当大きな声で伊吹は毒を吐いている。
「……それに、そもそも悠乃くんは私と結婚する予定だったんです。それをあんなぽっと出のちっちゃい発情猫に奪われるわけにはいきません」
毒―。毒がかなり強くなっていますよー伊吹さーん。稲穂さんがやらかすの三回目だから相当怒っているなこれ。
伊吹は一度ドライヤーのスイッチを切って、僕のほうに体をきちんと正対させると、
「悠乃くんも、悠乃くんのこと一番好きなのは私ってことを忘れないでください」
至って大真面目な顔で僕に言うものだから、照れることさえできなかった。
「……胡麻さんも悠乃くんが好きなのはもう認めます。仕方ないです、仕方のないことです。でも、私は小さいときからずーっとずーっと悠乃くんのことが好きなんです、大好きなんです、それを、お風呂に入っている間にあろうことか私の部屋で他の人とイチャイチャなんてしていたら、私だって怒ります」
前段はもはや僕の受け止めかただし、後段はぐうの音も出ない程のド正論なので言い返すこともできない。
「……そんなに女性の身体が恋しいなら、言ってくれれば私はいつでも受け入れるのに」
「いや、そこまで頑張らなくてもっ」
「……っ。や、やっぱり悠乃くんはおっぱい星人だったんですね。私みたいな貧相な身体は女として認めない、そういうことなんですねっ」
「だあああ、なんでそういうことになるかな、何も僕そうは言ってないって」
結論。伊吹を怒らせると相当怖いということ。しかも、理由は正当であるので、頭が上がらない。
あと……伊吹の自分の身体に対するコンプレックスは、なかなかに根深いものであることも。
あれから、お風呂上がりの稲穂さんの、色々と部屋着と肌の隙間が緩いのを見て相当伊吹は唇を噛みしめていたし。
ふたりがお風呂を済ませたことで、僕は自分の部屋に戻って、数時間休まらなかった心をなんとか落ち着けるように努力した。ただ、お風呂場からなんとなく漂ってくる甘い香りに、僕の思考はなかなかに混線し続けていた。
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