第49話 大丈夫です、私、そこらへんには理解があるつもりなので
さて、トイレ掃除自体は自分で毎週一回やってはいるのだけど、伊吹の中掃除という意向を汲んで、今日はいつもより気合を入れて綺麗にしていく。便座の表から裏、はたまた便器の目の届かないところにまでブラシを潜り込ませては、ゴシゴシこすらせていく。
部屋のほうからは相変わらず伊吹の鼻歌が流れている。
よほど楽しそうだ。
かく言う僕も、かれこれ二十分くらいかけてトイレをピカピカにすると、では今度はお風呂掃除へと移ろうとする。そろそろ梅雨どきになってじめじめする時期で、カビとか生えかねないし、今のうちにこちらも綺麗にするか。
「……ま、まずは普通に浴槽を洗うか」
そう言ってスポンジを手に取ったときだった。
「ひゃあっ!」
甲高い伊吹の悲鳴とともに、ドタバタとものが落下する音が部屋に響き渡る。
「だっ、大丈夫?」
なんだなんだと浴室から部屋に戻ると、なるほど、本棚にはたきを入れて埃を落とそうとする際、高いところを無理にやろうとしてバランスを崩してしまったのだろう。
床や頭の上に漫画やラノベ、教科書や辞書を散らばらせた伊吹が「いてて……」と仄かに涙目になりつつ、
「ご、ごめんなさい……踏み台なくてもいけると思ったんですが……」
僕に謝る。
「いやいや別に、事故だし仕方ないよ」
僕は床に落ちたそれなりに萌え要素が強い表紙の漫画やラノベを拾い上げ、そそくさと棚に戻していく。……いや、まあ別に見られるのはいいんだけど、普通に際どい(ぶっちゃけるとえっちい)イラストの本もあったわけなので、そこはね。うん。
伊吹も落とした本を拾い上げて、僕に倣って棚に差していこうとした、のだけど、
「……あれ、これ」
ある本を目の当たりにして、伊吹がスッと固まった。
「「…………」」
あれれえ? なんか、ラノベとか漫画とか可愛く思えるくらいの表紙の本が伊吹の手のなかにあるぞお?
……おかしい、その手のやつは基本電子で買っているだし、紙媒体で家に残ることなんて……。
「……アダルトオンリー、同人……?」
あったああああああああ! そういえば数冊、紙で薄い本手に入れたことあった! 数回読み返して、どうせ家には誰も来ないからって理由で表の本棚に差したままだったの今思い出したああああ!
それが、よりによってこのタイミングで……。
さらに、表紙のジャンルが、なんていうか、その……。裸エプロン(なお、十八禁なので見えるところは見えている)のヒロインがおたまを持つという、いかにもなもので。
僕らはしばらくの間、言葉を失っていると、
「……あはは。悠乃くんも男の子ですし、そういう本のひとつやふたつくらい、部屋にありますよね。大丈夫です、私、そこらへんには理解があるつもりなので」
ニコっとわざとらしい笑みを浮かべて、件の薄い本を棚に入れた。
「あっ、いやっ……そのっ……」
「さっ、気を取り直して掃除に戻りましょう?」
ただ、これに関しては一応被害者と称してもいい伊吹が何も言わない以上、僕から何か口にすると墓穴にしかならない。
「う、うん……」
仕方なく、僕はトボトボとした足取りで浴室の掃除に戻った。
……ええい、こうなれば水垢にこのやるせない感情をぶつけてやろう。「おのれお覚悟を決めろよ」と内心呟きながら洗剤を吹きかけたスポンジをギュッと握りしめた。
そうこうして風呂掃除に勤しんでいると、ふと、部屋のほうから不自然な衣擦れの音が聞こえてきたではないか。
最初のうちは、腕まくりでもしているのかな、それともゴム手袋でもつけたのかな、とか思ったりもしていた。ただ、あまりにもその時間が長いことで、僕はある疑念を頭に思い浮かべた。
……もしや、服、脱いでる……? 早速裸エプロン実践しようとしている……?
あり得る。全然あり得る。僕の目の前で制服から部屋着に着替えるような女の子だ。「悠乃くんの好みかと思って……」とかなんとか言ってやりかねない。
不純な気持ちで僕と身体を重ねる予定はないとか言いきっちゃうくらいだし、ワンチャンどころかツーチャンくらいあるんじゃこれ。
まずいまずい、年上として止めないと……!
慌てて半ドアにしていた浴室の扉を開けて部屋に向かおうとすると、僕の考えを読んでか、
「わわわっ」
……予想通り、さっきの薄い本とほぼ似た格好をした伊吹が、顔をちょっぴり赤く染めさせて、そこに立っていた。
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