第48話 すーはー……悠乃くんの匂いがします……

 さて、僕の誕生日が過ぎてからというもの、世間はゴールデンウィークに差し掛かった。テレビやネットでは、行楽地の様子が映し出されたり、はたまた溜めていた映画やドラマ、はたまたアニメを動画配信サービスで見まくるといった呟きが溢れたり、もしくは「ゴールデンウィークにデートするリア充は爆発してしまえ」などといった怨嗟の声も聞こえてきたり。


 最後はもはや完全に私怨な気もするけど……。


 さて、僕の周りの人々に関しては、GWをどう過ごすかと言うと、稲穂さんは、

「ごめんね、わたしはシフト目一杯入れちゃって、他は勉強する予定なんだ」

 とおよそらしい答えをすぐに言ってきた。


「……ほんとは、一日くらい石原くんと遊びたかったんだけど、石原くんに借金しているから、その分働かないと」と、微妙に聞こえるくらいの大きさで補足情報も漏らしてくれたけど、僕は聞こえなかったことにしておいた。


 また、僕は僕で好き好んで外に出る趣味は持ち合わせていない。基本属性がお家大好き人間なので、暇さえあれば読書かアニメ鑑賞。っていう予定でいた。


 ……そして、花の女子高生になった伊吹はというと……、

「お掃除をしたいと思います!」

 GW初日の午前、いきなり僕の部屋に入って来たと思えば、格好は学校指定のジャージにマスク、左手にゴミ袋、右手に雑巾と完全に掃除モード。


「え、そ、掃除……?」

 ベッドの上で漫画を読んでいた僕は、そんなフル装備の幼馴染を遠い目で見つめる。


「はいっ。悠乃くん、確かにそれなりに部屋は綺麗に使っていますけど、どうしても汚れはたまっていくものですっ。一年に一回、大掃除はすると思いますが、それとは別に、中掃除をすると楽になるらしいので、それをしに来ましたっ」

「……は、はあ」


 こ、この子本当に高校生? 高校生が大掃除を楽にするために中掃除をしましょうって普通言う? 僕は見たことない。次元問わず。


「天気もいいですし、せっかくなのでシーツも洗濯しちゃいたいので、悠乃くんベッドから降りてください、さあさあ」

「えっ、あっ、い、伊吹が掃除するのは確定なんだね」


「……? 悠乃くんのお部屋を私が綺麗にするのは当たり前じゃないですか。あれでしたら私が掃除している間、悠乃くんは私の部屋で漫画読んでいてもいいですよ?」


 どこの世界の当たり前? 自分の部屋くらい自分で綺麗にするよ? っていうか遊びに行かなくていいのせっかくの東京で過ごす初めてのGWなのに。

 と、僕は尋ねようとしたけど、表情に出ていたのか、伊吹はベッドからシーツと枕カバーを手際よく外すと、


「ゴールデンウィーク、いつでも悠乃くんと過ごせるように全部予定は開けていますよ? すーはー……悠乃くんの匂いがします……」

 さも当然かのように言っては、洗濯の準備をする。っていうか待って、今枕とシーツの匂い嗅いだよね待って待って普通に恥ずかしいし臭かったらどうしよう。


「あ、普通に好きな匂いなんで心配しなくても大丈夫ですよ?」

 ……この子、僕の顔で言いたいこと察しすぎでは。つうともかあとも言っていないのに。


「……え、えっと……ぶしつけなこと聞くけど、伊吹、学校で友達できてる?」

「…………。べっ、べつに、友達がいるからって学校生活が楽しくなるとは限らないと思いますよ? それに、私には悠乃くんがいれば十分ですっ。はいっ」


 ……図星か。図星なのか。いや、前々から不安には思っていたけど。

「伊吹がそれでいいなら僕は別にいいんだけど……その、僕のために時間を使って、友達できないってなっているなら──」


「──愚問です。できるかどうかわからない友達よりも悠乃くんのほうが大事に決まっているじゃないですか。悠乃くんが心配することじゃないですよっ。では、洗濯始めちゃいますね」


 言いきるより先に、伊吹は僕の言葉を遮っては、洗濯機のスイッチを押した。水が流れる音が部屋に響き始め、かと思えば、

「では、洗濯している間に、水回りと換気扇の掃除と、あと掃除機をかけないとですねっ」


 このままではどんどんひとりで僕の部屋の掃除をやっていってしまう。それは年上としてもひとりの人間としても情けない部分があるので、

「せっ、せめてお風呂場とトイレ掃除くらいは僕にやらせてください……」

 フラフラとした足取りで、僕は浴室へと向かっていくのであった。


「そうしてくれると助かります。だったら、私は換気扇のお掃除をしないですねっ」

 ……換気扇の掃除を進んでやる高校一年生。花嫁修業がガチ過ぎて、ぐうの音もでない。なんだろう、このまま伊吹に尽くされてしまうと、本格的に駄目人間になってしまう気がしてきた……。


「……少しは、掃除も自分で真面目にするか」

 トイレ用のブラシを手に取って、洗剤を便器に吹きながら、僕はそんなことをそっと呟いた。


 部屋のほうからは、ウキウキで鼻歌を奏でる伊吹の上機嫌な様子が筒抜けだ。

 ……ほんとに、いいお嫁さんになりそうだなあ、これ。

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