第47話 そう言ってもらえると、私としても渡し甲斐がありますね、えへへ

「それじゃあ、お邪魔しました。ありがとうね、ご飯誘ってくれて」

 後片付けも終わり、伊吹が買ってきてくれていたケーキもみんなで食べ終わると、稲穂さんはそう言って僕の家を後にした。


「いっ、いえ。こちらこそ……その、色々とありがとうございます」

「じゃ、じゃあっ、ま、また次ね」

「は、はーい」


 バタンと、音を立てて玄関が閉まる。それを待っていましたと言わんばかりに、伊吹は座りなおして、何やら部屋の隅に置いていた紙袋から何かを取り出す。


「……さて、これでお邪魔虫はいなくなったことですし」

 お、お邪魔虫て……。とうとう胡麻よりちっちゃくなっちゃったよ……。ん? 虫と胡麻ってどっちが大きいんだ?


「どうぞ、悠乃くん。私からの誕生日プレゼントです」

 そんなどうでもいいことを考えていると、テーブルの上には、何やらとても手のひらには収まらないくらいの大きさのものが。


「え、えっと……」

「開けていいですよ? っていうか開けてください」

「う、うん。そ、それなら、まあ……」


 僕はプレゼントの前に座り、包装紙をゆっくりと剥していく。すると、中からは、

「……あ、本棚?」

 漫画が二十冊くらい入りそうなくらいのサイズの本棚が、その姿を現した。


「はいっ。勉強机の上に置けるかなーって思いまして。ブックカバーとか栞でもいいかなって思ったんですけど、どれも悠乃くん持ってそうでしたし」

 まあ、確かに言う通りどっちも僕は持っている。別に、たくさんあって困るものではないから、それでもよかったのだけど、


「……あ、ありがとう。シンプルに嬉しい」

 伊吹がわざわざ選んで買ってくれたのなら、それで十分だ。


「そう言ってもらえると、私としても渡し甲斐がありますね、えへへ」

「でっ、でも、結構いい値段なんじゃ……伊吹、バイトとかしてたっけ」

「いえ、してないですよ? 大丈夫です、お年玉があるので」

「あっ、そ、そうなんだ……な、ならまあいいんだけど……」

 僕は、一度本棚を何気なく持ち上げ、底の部分を覗こうとした、けど。


「……ん? なんだろ、これ」

 パサ、と底から一枚の紙が落ちてきた。本棚の説明書か何かだろうか、と思ってそれに目をやると、


 なんでも言うこと聞いてあげる券

 ※有効期限内に限って何度でも利用可 有効期限:ずっと


「ぶっ、けほっ、ごほっ……、いっ、伊吹っ、こっ、これはっ……?」

 なかなかにパンチの効いた文面が、視界を襲った。

「見つけてくれましたか? 文字通りですよ? なんでも悠乃くんの言うこと聞いてあげますっ」


「なっ、なんでもって……」

「あっ、なんでもって言っても、さすがに法に触れるようなことは駄目ですよ? そうじゃなければ、なんでもです」


 ……有効期限ないのに何度でも利用可、って。永年パスポートじゃないですかそんなの。

「肩凝ったなーってときは肩もみしてあげますし、耳が痒くなったら耳掃除もしてあげます。背中だって流してあげますし、他にも色々」


「いっ、いや、いくらなんでもずっとなんでも言うこと聞きますは、やりすぎっていうか、僕が変な気起こさない保証もないし」

「……悠乃くんは、そんなひどいこと言わないって信じてますし。……それに、変な気は起こしてもらってもいいんですよ?」


 いいんですよ? ってきょとんと小首を傾げないで、それまあまあ殺傷能力高いんだから。女慣れしてないオタクには致命傷よその顔。


「んぐっ……」

「それで? 何にします? 最初のお願いは」

 かと思えば、クイ、クイっと顔を近づかせつつ瞳を輝かせるし。


「いっ、いやっ、き、今日はもうお腹いっぱいっていうか、十分貰ったからもう」

「朝まで添い寝コースでもいいですよ? あっ、抱き枕になるオプションも場合によっては適用できます。それにそれに──」


 ……ああ、駄目だこれ。なんか言わないと止まらないパターンだ。

 下手をすればフルコースで僕を癒しにかかることが想像できたので、

「……じゃ、じゃあ、肩もみで……肩もみでお願いします」

 それで勘弁してください……。


「はいっ、肩もみですねっ」

 結果、ゴリゴリに凝り固まっていた僕の肩を、伊吹がもみほぐして、その日は終わった。

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