第46話 うう……も、もう腕がもげるううう……限界いいい……
〇
「ただいまー」
「た、ただいま……? なのかな」
伊吹たちふたりが出かけてから一時間とちょっと。荷物いっぱいに抱えて戻ってきた。
「……こ、これまた物凄い量だね。な、何を買ってきたの?」
ベッドでぐうたらしていた僕は、あまりの量に体を半分起こしてふたりに話しかける。
「えーっとですね、まず誕生日ケーキを買ったので、先に冷蔵庫にしまっちゃいますね」
僕が尋ねると、伊吹はややはにかみながら、紙箱に入ったケーキを少しだけ顔の高さに掲げてみせて、冷蔵庫のなかにしまい込んだ。
「あと、たまには奮発して牛肉を買っちゃおうってことで、すき焼きなんかどうかなあって思って。……遺憾ながら胡麻さんも晩ご飯食べていくっていうことなので、三人分の食材を買ったらこんな量に」
「そ、そうなんだ。そ、それはわざわざありがとうございます……」
「ま、松江さん、わ、わたしのこれはどこにしまえば……うう……重いよおお……」
そうこう話している間も、稲穂さんは律儀に段ボールを抱えたままプルプルと小鹿のように足と腕を震わせていた。……床に置いちゃっていいのに、と思い僕がそう言おうとすると、不敵な笑みを僅かに浮かべた伊吹は、
「ああ、飲み物でしたら冷蔵庫にしまうので、もうちょっと待ってもらっていいですか? 今、ペットボトル入れられるように準備するので」
わざとらしくゆっくりとした動きで冷蔵庫の中身を整理していた。
……し、仕返しが陰湿だよ、じょ、女子怖い……伊吹が女の子女の子している……。お、大人になったなあ……色んな意味で。
こんな形で大人になったことを実感したくはなかったけど。
「うう……も、もう腕がもげるううう……限界いいい……」
ただ、身長の半分近くが隠れるくらい大きなペットボトルが入った段ボールを抱え続けられるほど、稲穂さんも力持ちではなく、やがて伊吹の仕返しに屈してへなへなと床に座りこんでしまった。
「あっ、ごめんなさい、ちょっと入りきりそうにないので、常温で保管しちゃいますね、ペットボトル。その辺に置いておいてもらって大丈夫ですよ?」
そうなったのを確認してから、口元を若干緩ませた彼女は、稲穂さんに告げる。
「そ、それならそうと言ってよお……」
「……真っ昼間から性欲むきだして悠乃くんを襲った人が何を言っているんですか」
「うっ、うう……そ、それはだからああ……」
……当分、伊吹はこのネタをネチネチ稲穂さんに言い続けるだろうな。ただまあ、こういう嫉妬まみれの彼女の姿はなかなか見ないので、そういう一面もちゃんとあったんだなあってしみじみしそうになるけど。
「それじゃあ──」
「「「いただきます」」」
それからというもの、家のテレビで映画を見たりして晩ご飯まで時間を潰し、すき焼きの準備をして迎えた十九時過ぎ。
伊吹の部屋から引っ張り出したガスコンロに鍋を囲んで、僕ら三人はぐつぐつと音を立てている牛肉春菊焼き豆腐その他諸々へ箸を伸ばし始めた。
「んんんん……すき焼きなんて中学卒業のとき以来だよお……美味しい……美味しい……」
「えっ、そんなにっ?」
……あ、そうか、伊吹は稲穂さんの家庭環境を知らないんだ。まあ、わざわざ他人が喧伝するようなことでもないしな……。
「いっつもバイト先ですき焼き出しているときも、いいなあって思ってたけど、まさか自分で食べられる日が来るなんて……んんん……しかも牛肉だなんて、幸せ過ぎて死んじゃいそうだよ……」
「……え、ぇぇ……」
伊吹はあんぐりと口を半開きにして、稲穂さんの顔を信じられないような目で見る。かと思えば、僕のほうに向き直して、耳元でそっと、
「悠乃くん、あ、あの、胡麻さんってもしかして訳ありな方だったりするんですか?」
と質問してくる。
「あー……まあ、あるかないかで聞かれたら、あるんだけど……」
それは本人の口から話してもらったほうがいいだろうからなあ……。
「詳しいこと知りたいなら稲穂さんに直接聞いたほうがいいよ」
「そっ、それは……ま、また機会があればにします」
「ご飯も美味しい……はうう……」
ま、幸せそうにご飯食べてくれるなら、こっちも誘った甲斐があるというもので(僕は誘ってないけど)。
大皿いっぱいに伊吹が準備してくれた野菜や牛肉は、あっという間に空っぽになってしまった。
そうして、晩ご飯は終わっていった。
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