第45話 なので、ポッと出のロリ巨乳の年上の人に奪われるわけにはいかないんです

 〇


「…………」「……う、うう……」

 私がおっぱい……こほん。胡麻さんを呼び出して家の近くのスーパーへと歩いていく間、特にこれといった会話は生まれなかった。


 まあ、私は胡麻さんと仲良くしたいわけじゃないし。悠乃くんを誑かす悪い女を密室にふたりきりにさせるわけにはいかなかっただけだし。


 だ、だってもし私があと五分でも帰るの遅かったら……は、悠乃くんのごにょごにょがこの悪い女に奪われていたかもしれないわけだし。

 そう考えると、急いで土曜講習から戻った甲斐があったものです。


 私がそんなことを考えていると、しかし胡麻さんは何か話したげにもじもじと手遊びしつつ後をついて来ます。


「……あの、何か言いたいことでもあるんですか?」

 それが、スーパーの野菜コーナー、鮮魚コーナー、精肉コーナーとずーっと続いたので、痺れを切らした私はとうとう胡麻さんに話しかけてしまいます。


「えっ、あっ、いやっ、べっ、べつに」

「そういうふうにされるとこっちも気になるんですが」


 私は足を止め、踵を返して胡麻さんに向かい合います。……こうして考えると、ほんとに私が一瞬年上なのではないかと思ってしまうくらいの身長差だけど、……一部だけ大人のそれを目の当たりにして、そんな考えは一瞬でゴミ箱に捨てる。


「……え、えっと、その……ご、ごめんね、ビリビリに破っちゃって」

 俯いたまま放たれた言葉は、およそ無理に凪がさせていた私の心をかき乱すもので。


「……なんでせっかく人が水に流そうとしていたことをわざわざ掘り起こすんですか。Mなんですか、私に罵られたいんですか」

「いっ、いやっ、そ、そういう趣味はないけど……」

 思わず口調のひとつひとつがとげとげしくなってしまう。


「おかーさん、なんかけんかしてるー」「こらっ、そういうこと言わないの」

 ……いけないいけない、ここはスーパー、こんなところで外聞を気にせず怒りをまき散らすわけにはいかない。


「……別に、もういいですよ」

 落ち着きを取り戻すために、私はゆっくりと、嚙みしめるように答えた。


「ふぇ?」

「……破ったことを許す気は更々ないですけど、もう破られた婚姻届はあなたに怒っても戻るわけじゃないですし。そんな生産性のないことに頭を使うくらいなら、悠乃くんのいいお嫁さんになることに時間を割きます」


 そう言うと、胡麻さんは苦笑いとともに子供みたいに艶やかな頬っぺたをポリポリと掻いてみせては、


「……石原くんに対する本気度が凄いね」

「胡麻さんは本気じゃないんですか? でしたら迷惑以外の何物でもないのでいますぐお家に帰って欲しいんですけど」


「そっ、そういう意味じゃないよ? そういう意味じゃないけど……」

「……悠乃くんは、どんなときでも私の隣にいてくれた人ですから」

 それを聞いては、笑みを貼りつかせて、一瞬イラストを切り取ったみたいに固まった。ただ、すぐに動きを取り戻したかと思えば、


「……そうなんだね」

 私のもとまで歩み寄ってくる。


「……なので、ポッと出のロリ巨乳の年上の人に奪われるわけにはいかないんです」

「その形容には少し思うところがあるんだけど……」

「……そのためには、一枚くらい婚姻届を破られたくらいで、グダグダ言っている暇なんてないんです。破られたならまた書けばいいだけの話ですし」


「ぽ、ポジティブだね」

「……私をこうしたのは、全部悠乃くんのおかげですよ? でなければ、今ごろ札幌の実家で、ひとりぼっちの高校生活を過ごしていたと思います」

 そこまで話し、私はスマホで現在の時間を確認する。……そろそろ頃合いかな。


「ちょっと自分語りが過ぎましたね。ひとつ寄らないといけないところがあるので、買い物の続きをしましょうか。ところで」

「へ? な、何?」


「胡麻さんも晩ご飯食べて行かれるんですか? それによって量が変わってくるんですが」

「……わ、わたしも食べて行っていいの?」


「……食べさせるつもりのない人に買い物を付き合わせるほど、私はきつくないです。ご飯くらいでしたら、もういいですよ」

「……な、なら、お言葉に甘えて、食べてこうかな……」


「……わかりました。でも、悠乃くんの『初めて』は食べさせませんからね」

「ちょっ、せっかくなんかいい雰囲気の話をしてたのにそういうこと言う?」


「大事なことなので。言っておかないと、また私のいない間に盛られても困りますし」

「あっ、あれは事故なんだよおう、うう……」

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