第44話 身長も胸もない私に喧嘩売ってます? それ

「こ、こんなのって、こんなのって……ないよおお……」

 どこかで聞いたことがあるような絶望の台詞を紡いだ伊吹は、へなへなとその場に座り込んだ。座りかたがあれすぎて、制服のスカートのなかが見えそう(っていうか見えている)なのはこの際スルーしておく。とてもじゃないけど触れられる雰囲気ではない。


 そして、当の稲穂さんは、

「……や、やっちゃった、やっちゃったやっちゃったよお……いくらなんでもやりすぎだよこれ……はわわわわ」

 こっちもこっちでなんか気が抜けていた。


 まあ、実際のところ、大人げない以外の感想は出てこないといえば出てこない。ただ、ぶっちゃけた話、これで結婚の話は当分立ち消えになるのかなあとか思うと、ホッとしている僕がいるのもまた事実で。


「え、えーっと、と、とりあえずふたりとも落ち着こう……? 色々、あれがあれだけど」

 少なからず、当事者同士で話し合って解決しそうにないので、先に僕が仲介することに。


「おっ、落ち着けるわけないべさっ! こんなのあんまりだよお」

「うん北海道弁出てるよ素が出てるから落ち着こうね」


「はわわわわ、冷静になったらとんでもないことしたんじゃわたし、どどどどどうしよう、これをネタに今後松江さんから強請られたら……でもそんなお金ないよお……」

「そこは脅迫だよとバッサリ切り捨てるくらいのつもりでいてくださいっていうか伊吹はそういう性格の悪いことはしないので大丈夫です」


 やっぱりカオスだ。カオス過ぎる。

 結局、ふたりがいつも通りに戻るまで、一時間くらいを要した。その頃になると、僕のメンタルはもう既にボロボロに削られていた。


「──じゃ、じゃあ、とりあえずこの件に関しては、稲穂さんが伊吹の言うことをひとつなんでも聞くっていうことで終わりにする、っていうことで」

 三人それぞれ床に座って話し、最後に僕はそうまとめようとした。


「じゃあ、おっぱいさん、今後一切悠乃くんに関わらないでください」

「……僕絡み以外で、って条件を付けようか」

 ……まとまらなさそうになったので急遽後出しで条件追加。油断も隙もあったものじゃない。


「そ、そもそも、そ、その、お、おっぱいさんって呼ばないで欲しいなあっていうか」

「だって仕方ないじゃないですか。その牛みたいに大きな胸で悠乃くんのことを二度も三度も誑かすからいけないんです。これで悠乃くんが巨乳にしか興奮できない身体になって、今後子供をもうけれなくなったらどうしてくれるんですか」

「そっ、そういうつもりじゃ……」


 っていうか、論理の飛躍にもほどがない?


「持っている人には持ってない人の気持ちがわからないんです。これだからおっぱいさんは」

「……う、うう……わたしだって好きで大きくなったわけじゃないし……むしろ背のほうが欲しかったもん……」


「身長も胸もない私に喧嘩売ってます? それ」

「いっ、いやっ、そ、そういう意味でもっ」


 ……うーん、どう転んでもいがみ合う未来しか見えない。最後に関しても完璧に伊吹の僻みが入っているし。

 ……だって、伊吹の身長、平均よりちょっと小さいくらいで、稲穂さんほどでもないし。


「はい、そこまで。伊吹も、人が嫌がる名前で呼ばないの」

「……悠乃くんがそう言うなら、仕方ないですね……。胡麻さん」

「ううう……名字呼びも好きじゃないんだけど……おっぱいさんに比べたら……は、はい、もうそれでいいです」


「……はぁ、では、とりあえずわたしは買い物に行ってきますね。あ、でも……」

 そう言い、伊吹は立ち上がってはスカートをポンポンと払って、マイバックと食費用のお金が入った財布から一万円札を取り出し玄関に向かおうとした。が、途中で足を止めて、


「……悠乃くんと胡麻さんをふたりにすると、さっきの続きをしかねないですし……かといって悠乃くんに買い物に来てもらうのは悪いですし、誕生日だし……うーん……」

 さ、さっきの続きて。


「仕方ありません。胡麻さん、買い物行くので付き合ってください。ちょっと荷物多くなる予定なので」

 伊吹は憮然とした顔で、稲穂さんにそう言う。


「えっ、え? わ、わたし?」

「そうです。もしどうしてもここに残って、悠乃くんとさっきの続きをしたいっていう変態さんでしたら、なんでも言うことを聞いてもらう権を早速使わせてもらいますけど」


「いっ、いいよついていくよっ、それくらいだったら」

 そ、それじゃあまるでわたしが淫乱女みたいだよお……と、ぼそっと泣き言を漏らしつつ、稲穂さんも立ち上がって伊吹の後についていった。


「それじゃあ、買い物行くので、家で待っててくださいね、悠乃くん」

「は、はあ、わかった……」

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