今年16歳になる幼馴染が婚姻届を持って僕の隣に引っ越してきた件~来年から結婚できる年齢が変わるからって慌てないでください~
第22話 あ、悠乃くん、今日の晩ご飯は何がいいですか? 決まったらラインで送ってくださいね?
第22話 あ、悠乃くん、今日の晩ご飯は何がいいですか? 決まったらラインで送ってくださいね?
〇
入学式から休みを挟んで週明け月曜日。この日は燃えるゴミの日だったので、授業はないけど早起きをして(と言っても七時半くらいだけど)、寝ぼけ眼をこすりながら家を出た。が、
「むむむむむむむむ」「……え、えっと……」
どうやら、最近の野良猫のトレンドは僕の家の前で縄張り争いをすることらしい。いや、正確に言えば野良猫ではなく女子高生と女子大生なんだけど。
「今日は一体何の用なんですか、悠乃くんは渡しませんよ?」「いっ、いや、たっ、ただ先日お財布届けに来てくれたお礼を」「そうやってこの間も悠乃くんの家に行こうとしてましたよね、その手には引っかかりませんよ」
……なんだろう、既視感。ついこの間もこんなやり取りを見た気がする。
「あの……ごめん、ゴミ出したいんだけど、通っていいですか……?」
僕は、制服姿の伊吹と薄手のパーカーを来た稲穂さんの間を通って、いそいそと共同玄関脇にあるゴミ置き場に放り投げ、戻り際ポストに突っ込まれている新聞を手に取る。
「……そ、それで」
「悠乃くんっ」「石原くんっ」
僕が半分俯きながら部屋に入ろうとすると、同時に伊吹と稲穂さんに呼び止められる。
「結局、私を選んでくれるんですよねっ」「結局、松江さんとは何でもないんだよねっ」
「えっ、えっ……」
左肩を伊吹に、右肩を稲穂さんに捕まれ、左右からしっかりと目線が僕に飛んでくる。
どちらも顔立ちは整っているし、なんだったら知り合いという贔屓目が抜けても可愛い、の類に入るふたり。伊吹は身体の線が細く、スレンダー体型でそれはそれでまた綺麗だし、稲穂さんは身長の割に(失礼)たわわに育った膨らみがある意味凶器だし、どっちもなんか幼さが残っているのも反則だし……。
かたやシャンプーの淡い香りが漂ってくるし、かたやボディシートらしきスースーした香りが鼻をくすぐるし。ど、どういう状況なんだこれ……。
「悠乃くん?」「石原くん?」
などと、僕が頭のなかでまごついていると、さらに語気を強めたふたりに詰め寄られて、思わずバランスを崩した僕は、
「おわっ、とっと」
自分の部屋の玄関に尻餅をついてしまった。しかし、それでも女子ふたりからの追撃は止まらず。
「いっ、伊吹……? そっ、そろそろ学校行かなくていいの? ち、遅刻するんじゃ」
「……いっ、いいのっ、それより悠乃くんがこの人に盗られるかもしれないほうが問題だからっ」
挙句、腕に提げていたスクールバックを地面に置いてしまうし。……ね、粘るつもりだ。
「いっ、稲穂さんも、いいんですか? み、見るからにバイト帰りで、お疲れなんじゃ」
「……こっ、これくらい全然へっちゃらだよっ、へいきへいき」
稲穂さんは稲穂さんで、背負っているリュックサックを掴み直したし、こちらもまだいる気だろう。
「む、むむむむむ、後からぽっと出てきただけなのに、私の邪魔をしないで貰っていいですか、胡麻さん」
「ぽっ、ぽっと出なんかじゃないもん、わたしだって二年間──あっ」
「──むううう、とにかく、悠乃くんは誰にも渡しませんっ」
……こういうとき、なんて言うのが正解なんだろう。「やめてっ、私なんかのために争わないで」? それ、何の変哲もないオタク男子が言うとイラっとくるものがあるな。それなら、「おいおい、喧嘩は良くないな子猫ちゃん。悪いことをする子は、めっだぞっ」とか?
「……クサすぎてないな」
そんな台詞、イケメンにしか許されない。僕に縁がない言葉ランキングを作ったら二位くらいにランクインしそうだ。一位は「そこのカノジョ、僕と遊ばない?」だろうか。
「えっ、わっ、わたし臭かった? ちゃっ、ちゃんと汗拭いてきたんだけど、ううう」
「あっ、いやっ、違うんです、別の話で。稲穂さんはいい匂いしているので大丈夫です」
「……んぐぐぐぐ、悠乃くんが他の女の人を口説いている……」
「とっ、とりあえずふたりとも落ち着いて、っていうか真面目に伊吹は学校行かないと」
この場を収める上手い言葉なんて見つかるはずもなく、ありきたりな台詞でふたりを説得しようとするも、そうは問屋が下りない。
「──わかりました。もう胡麻さんに譲る気がないのなら、悠乃くんに私が胡麻さんよりもいいお嫁さんになれることを証明します。それで文句ないですよね」
「うっ、うう、も、文句はないけど……」
「じゃあ決まりです。そういうわけで、私はもう学校に行きます。あ、悠乃くん、今日の晩ご飯は何がいいですか? 決まったらラインで送ってくださいね?」
……これでもかと正妻アピールをする伊吹。
「う、うう……わ、わたしも帰るね……汗臭いかもしれないし」
……その件に関してはほんとすみませんでした。
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