第84話 う、うん。いつでもどんと来いだよ
二度目のじゃんけん。今度は僕を交えることなく伊吹と稲穂さんのふたりで行われた。結果はどうなったかと言うと……、
「ふふふ~ん、ふふふ~ん」
「……え、えらく上機嫌ですね、稲穂さん」
「へ? そ、そんなことないよー。ウォータースライダーが単純に初めてってだけで」
じゃんけんは稲穂さんが勝ちを収め、こうして僕とふたりで待機列に並んでいる。伊吹はひとりで荷物番らしい。去り際、「うう、悠乃くんにはほとんどじゃんけん勝っていたのにいい」と漏らしていたけど。
……そりゃ、五回に四回の確率でデータが当たるならほとんどじゃんけん勝てますよね。
ウォータースライダーの待機列に並んでいる人は様々で、男女ふたりのカップルも少しはいるけど、多くは同性同士の友達グループで来ている人たちでほとんどだった。なかには異性複数人という、それどんな組み合わせにするんですか、っていう集団もいたけど。
「なんだか、悲鳴聞いていると楽しみ半分、怖さ半分って感じがしてくるね」
「まあ、言いたいことはわかりますよ」
定期的にこだまする頂上付近からの黄色い叫び声は、およそ怖がっているのではなく、ジェットコースターに乗っているときに出てしまう声と似たものを感じる。
それを聞いて本気で怖がることはないだろうけど……、
「……んん?」
「? どうかしたの? 石原くん」
僕は、ウォータースライダーのレーンを滑り降りていく他のお客さんの様子を見て、ある違和感を覚えた。
というのも、お客さんは、ゴムボートのようなものに乗って滑っていっている。それ自体は全然いいんだけど。
……あれ、下手をすると身体と身体が密着しないか?
ボートの両脇にハンドルというか、取っ手がついていて、見た感じ後部座席と先頭座席の距離はゼロに近い。
……稲穂さんがもし僕の後ろに乗ろうものなら。
僕はふと、一瞬だけ斜め下に目線を落として、今日これまでも何度も目の毒にしてきたあれを見やる。
……そんなことになったら、ウォータースライダー終わったあとしばらくプールのなかから立ち上がれなくなってしまう恐れがある。
っていうか、なんだったらウォータースライダーのゴール地点、伊吹が待っている場所からも余裕で見えるんだよね。
……ただでさえ稲穂さんの胸に嫉妬している伊吹に、そんな場面を見せてしまったら、また要らぬいざこざを生んでしまうかもしれない。
と、とりあえず、それとなく稲穂さんに前を譲って、事故が起きないようにだけしておこう。
「い、いや、なんでもないですよ?」
そう、思ったのに。
「い、石原くん。ま、間近で見ると、けけ、結構スピード出ているんだね」
階段を上りきってスタート地点まであと数組、となった頃には、すっかり稲穂さんは汗をダラダラと流しては噛み噛みになりながらそう訴え、そして、
「わっ、わたしは後ろでいいかなあ」
僕の思いとは裏腹に、とてもではないけど断れない希望を伝えた。
「……わ、わかりました」
まさか、稲穂さんのおっぱいが背中にくっつく気しかしないので前に座ってくださいとは言えるはずもなく、結局稲穂さんの提案を呑むことに。
僕らの前の人たちが出発したところで、スタート地点にいる係員のお姉さんからふたり用のゴムボートを渡される。
「それじゃあ私が合図したら、出発してくださーい」
決めたとおり、僕が前、稲穂さんが後ろの席順で出発合図を待つ。
何秒経った頃だろうか、先を行く声が水のなかに溶けた瞬間に、
「はい、では行ってらっしゃーい!」
お姉さんのゴーサインが出される。
「じゃ、じゃあ稲穂さん、行きますよ」
僕は後ろを半分だけ振り向いて、さっきよりも震え具合が増したようにも思える稲穂さんに一声掛ける。
「う、うん。いつでもどんと来いだよ」
いつまでもスタート地点で止まっているわけにもいかないので、僕は意を決して、ゴムボートをスライダーに乗せ、
「おっ、おわっ」
ボートがスピードに乗って滑走を始めたと同時に、
「きっ、きゃあああああ!」
予想がついていたことではあったけど、背中からそんな悲鳴が聞こえては、何やらむにゅ、という感触も走り始めた。
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