第36話 あ、お刺身……いいなあ、お刺身……

 伊吹と並んで、駅の目の前にあるスーパーに向かう。スーパーだけでなく、衣服なども取り扱っているちょっと大きな店舗になっている。

 そんなお店を、カゴは僕が持ち、伊吹がそのなかに次々と食材を放り込んでいくという流れ。


「今晩、何にしましょうか? 悠乃くん」

「うーん……。なんか魚食べたい気分かなあって」

「それでしたら、とりあえず鮮魚コーナーでどんな感じのものがあるか見て決めましょうか」


 そう言い、先を歩く伊吹の後をついていくと、ふと、視線の端にどこかで見たことがあるリュックサックが入り込んだ、気がした。


「……いやいや、まさか、ね」


 ああ、また胃がミシミシと軋んでいる音が聞こえる。

 今しがた見た光景は気のせいだと信じることにして、僕は伊吹の後を追う。


「悠乃くん、今日お刺身が安くなっているみたいなんで、それでどうですか? あとは適当に味噌汁とおひたしとか漬物用意すればいいですし」

「おっ、いいんじゃない? それで」


 伊吹から、「本日限定」の値札が貼られた刺身の盛り合わせのパックを受け取り、カゴに置く。

「じゃあ、あとはお米で終わりですね」

「そうだね」


 鮮魚コーナーから、そのままお米の棚に移動した僕らだったけど、その道すがらにある乾麺の売り場で、にたび僕は先ほどのリュックサックを目の当たりにした。

 ……ああ、神様。さっきのは僕の気のせいではなかったみたいです。


 だって、そこには、


「うーん、うーん……。おひとりさま三点限り、でもこれ買えば五日分のご飯になるし……。けど、さすがにそうめんだけで一週間はキツいよね……うーん……」

 そうめんの安売りを目の前に頭を悩ませている稲穂さんの姿が。両手に持っているカゴの中身は、空っぽだ。


「……え、えっと……稲穂さん? なんでここのスーパーにいるんですか?」

 見かけたのに声を掛けないわけにはいかず、僕はつい彼女に話しかけてしまう。

「えっ、いっ、石原くんっ? ……と、ま、松江さん。……ふ、ふたりでお買い物?」


 稲穂さんにとってはいきなり真横から声を掛けられた格好だから、両肩をビクンと跳ねさせては、ややオーバーとも取れるリアクションを見せる。


「は、はい。まあ……」

「はい。悠乃くんと、ふたりで、買い物に来ました」

 ……そして、なぜか言葉の節々を強調してみせる伊吹。相変わらず、ここの関係は悪いままなのね。いや、伊吹が一方的に嫌っているだけだろうけど。


「そ、そうなんだ……へー。あ、お刺身……いいなあ、お刺身……」

 稲穂さんは、僕と伊吹のことを交互に見てから、僕の持つカゴの中身に視線を移す。すると、お腹を空かせた子供みたいに美味しそうな瞳を浮かべてから、


 ……キュウ。


 可愛らしい虫の鳴き声を、響かせた。


「あっ、いやっ、こっ、これはっ、ち、違くてっ」


 ……キュゥゥゥゥウ。


「…………」

 カァと顔を真っ赤に火照らせる稲穂さん。


「ちっ、違うのっ、わたしは、ほら、ここのスーパーでそうめんが安売りしているチラシ見てっ、それでっ、こっ、ここでお買い物してたらとかそんなつもりは」

「……ち、ちなみに今晩のメニューは?」

「……このそうめん一把」

 さすがにひもじすぎる。……いや、パンの耳に比べれば大分マシだけどれども。


「……ご飯、家で食べていきます?」

 だから、僕の口からそんな言葉が漏れたのは、ある意味自然なことと言えた。

「えっ、は、悠乃くんっ?」

「そっ、それはさすがに申し訳なさすぎるよっ。この間も晩ご飯奢ってもらったばっかりなのにっ」

「……え? 晩ご飯?」


 まずいまずいまずい、この間稲穂さんと映画見に行ってご飯食べたのがバレてしまう。


「ああ、そういえばそんなこともありましたねー、あははー。全然大丈夫ですよ、ふたりも三人も大して変わらないですし」

 慌てて話を逸らしては、踵を返してさっきまでいた場所に戻ろうとする。


「え、は、悠乃くん? 晩ご飯って」

「さ、三人となったら、もうちょっとお刺身買っていったほうがいいかもね、伊吹。鮮魚コーナー戻ろうっか」

「はっ、悠乃くんっ? ちょっ、説明して欲しいんですけどっ、こっ、この間って」


 ああ、胃薬買っていこう。スーパーの後、薬局寄らないとな……。

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