第35話 一日『甘やかし』券とかでしたら、喜んで作っちゃいます

「そうですか……。まあ、私も悠乃くんの耳が痛くなるのは本望じゃないですし、そう言うなら」

 伊吹はそう言うと、残念そうにいつの間にか手にしていた梵天付き耳かき棒をワイシャツの胸ポケットにしまうと、しかしそれでも膝をポンポンと叩いてみせた。


「え、え……?」

「耳かきしないと、膝枕しちゃいけないっていう決まりはないですよ?」

「あ、いや……まあ、そ、それはそうだけど」

「晩ご飯作るまでまだ時間ありますし、それまでゆっくりしましょう?」


 すると、僕の体をぐいっと引き倒しては、強引に膝の上に寝かせる。ニコっと目を細めたかと思えば、

「ね? ね?」

 と、有無を言わさぬ勢いで、僕を甘やかしにかかる。


 この体勢、過るのはつい最近あった、「(胸)触ります」事案。……また言い出すのではないかと思うと、胃がキリキリと音を立て始める。


「あ、誕生日プレゼント、こういうのでも全然大丈夫ですからね。一日『甘やかし』券とかでしたら、喜んで作っちゃいます」

 僕の胃の状態とは裏腹に、純粋(?)無垢な笑みを浮かべる伊吹は、よしよしと穏やかなテンポで僕の肩を叩く。


 その甘やかし券、色々意味深な気がするのは僕の心が汚れているからなのかなあ……。おねショタ系の作品とかでちょくちょく見るけど……。っていうか僕のほうが普通に年上だし僕特段チビなわけでもないし……。


「そ、その……は、悠乃くんが言えば、え、えっ──」

「──さ、読み終わった漫画本棚にしまわないとなー」

 訂正する。伊吹の場合、純粋に不純なことを考えているんだ。もはや言っていることが意味わからないけど。


 このままだと本気で伊吹に押しつけられると踏んだ僕は、そそくさと起き上がっては、読み終えた漫画を持って壁沿いに設置している本棚に向かう。

 が、しかし、本棚には持っている漫画を差し込む隙間はなく、


「……もういっぱいになっちゃったのか。そろそろいらない本処分していかないと」

 やむなく漫画は勉強机の上に緊急避難させることに。

 伊吹はやや寂しそうに唇を尖らせるも、机の上に置かれた漫画を興味深そうに眺める。


「本棚から本溢れると、どうするんですか?」

「え? もう読まないかなーって本を、古本屋に持って行ったり、フリマアプリで出品したり。本棚も有限だしね」

「本棚、買えばまだ入りそうですけど」


 確かに、伊吹の言う通り、僕もせいぜい家具家電は必要最低限なものにプラス本棚くらいしか置いていないから、その気になれば新しい本棚を買うスペースは残っている。


「っても、本棚買い過ぎちゃうと、それだけ本を買う余裕が生まれるわけでしょ? そうなると、僕の場合、際限なく本を買いまくっちゃって大変なことになりそうだから、自重しているんだよね。それに、最近は電子書籍に切り替えているし」


 じゃあ、どうして今日はこんなに紙の本を買ったんだって話になるけど。

 ……電子書籍を衝動で大人買いすると、来月泣くことになるのが目に見えているから。そういう意味では、ブレーキが利くのは紙の本ってわけだ。


「そういうものなんですね」

「伊吹は、映画とかでそうなったりしないの?」

「そうですね。レンタルとかストリーミングで見ることが多いですから、悠乃くんみたいにDVD溜めちゃってってことはあまりないですかね。本当に好きって思った映画しかDVD買わないので」


 そこまで話すと、伊吹は何やら考える素振りを浮かべては、ポケットに入れていたスマホを徐に取り出し何かを調べ出す。

 少しの間、画面をスクロールさせると、満足したように頷いて、


「よしっ。じゃあ、ちょっと早いけど晩ご飯の準備始めましょうか。買い物行きたいんですけど、悠乃くん、付き合ってくれませんか? お米買いたくて」

 脱いでいたブレザーを羽織り直し、カバンのなかからエコバックを取り出しそう話した。


「そういうことなら、全然」

「ふふっ、なんだか本当に結婚しているみたいな感じですね」

「……けほっ、けほっ」

「どうかしましたか?」


「いやっ、な、なんでも……」

「では、私ちょっと制服着替えてくるので、少し待っててもらえますか? すぐ終わるので」

「お、オッケー」


 ……ベタとは言え、今の台詞はなかなかにむせる。伊吹にそういうつもりはなく、純粋にそう思って口にしているのだろうけど。

 ……だとしても、胃に来るなあ。

 胃薬、買っておこうかな……。

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