第34話 へえ、悠乃くんは、こういう女の子がお好きなんですか?

 高校生に比べて、大学生は自由な時間が多い。それは一般論であり、そして事実だと言えると思う。少なからず、文系学部においては。まあ、稲穂さんみたいな例外はあるにせよ、その気になれば暇な生活を過ごすことができるわけで。


「……休講ならそうと情報出してくれたら……今日全休だったのに」


 伊吹に誕生日プレゼントに欲しいもの、考えておいてくださいと言われた翌週のある日。僕は一限の語学の授業がある小教室の黒板に書かれていた殴り書きを見て、そう嘆いた。


 休講情報は、基本学生だけがアクセスできるサイトに掲載される。ただ、この情報、上がるのが非常に遅く、こと一限に関しては、その時間にはもう家出ているよね、って時間に上げるからほんと腹立たしい。


 もともと三限の授業も先生の所用で休講だったので、今日は一限の語学だけの予定だった。一限のためだけに大学に来たのに、その一限が休講となってしまうと、肩透かし感が凄まじい。


「……帰るか」


 こういうとき、サークルとか部活があれば、そっちに顔出すとかして暇を潰せるのだろうけど、あいにく僕にそんな友達はいない。


 ただ、何もせずに家に帰ると、無駄に朝早起きさせられた上に、不快指数が高い満員電車に乗って使いもしない教科書と筆記用具を大学に運搬するというお得の欠片もない時間を送ることになる。


 それは癪だし、駅前の本屋で憂さ晴らしでもしていこう、そう心に決めた。


「ありがとうございましたー」

「……って、いくらなんでも買いすぎた」


 家の最寄り駅に直結している書店で、前々から気になっていた漫画や小説、ライトノベルを大人買い。僕の右手には、ずしりと手ごたえがある紙袋がぶら下がっていた。


 ……まあいいや、この間、稼いだお金が振り込まれていたし、たまにはこういうお金の使いかたも悪くない。今日一日はのんびり本でも読んでぐうたら過ごそう。それがいい。


 ただ、うまくいかない日というのは、基本的にどこまでも自分の都合のいいようには進んでくれないみたいで。

 昼ご飯をカップ麺で適当に済ませた僕は、それからも大人買いした漫画を枕元に積んで、紙の匂いがほのかに漂う買いたてほやほやの漫画を読みふけっていた。


「……ふっ、ふふっ」

 周りに誰もいないのをいいことに、僕は気味の悪い笑い声を漏らしながら、表情を緩めて午後のひとときを楽しんでいた。が、しかし、


「──へえ、悠乃くんは、こういう女の子がお好きなんですか?」

「ふぁっ⁉」

 仰向けになって開いていた本の向こう側から、見慣れた幼馴染の可憐な顔が映りこむ。


「今日は早いんですね、悠乃くん」

 制服のタイを少し緩めた伊吹は、カバンを静かに床に置いたかと思うと、ベッドの端にきっちりスカートを持って座り込む。ふたりぶんの体重がかかったことで、ベッドが軋む音が、部屋に響く。


 い、いつの間に……。って、もう午後の四時過ぎか。高校も終わる……よね。


「じ、授業が流れたから、それで」

「そうなんですね。で、何読んでいるんですか?」

 興味津々な顔で、じーっと漫画の表紙に目を凝らす。


「……ら、ラブコメ?」

「表紙の女の子、下着見えそうなくらいスカート短いですけど、これくらいのほうが良かったりするんですか?」

 そう言うと、伊吹は屈んでスカートの先を折りたたむ素振りを見せる。


「いや、演出っていうか、現実でここまで短くしたらさすがに、とは思うけど……」

 膝上何センチ、だろう……。それを生身の女の子がやっていたら、正直目の毒すぎて直視できないと思う。


「でも、そんな女の子を悠乃くんはニヤニヤして眺めていた、と」

 伊吹はにこやかな顔のままで、上着のブレザーも脱ぐ。


「に、ニヤニヤは」

「すっごく鼻の下伸びてましたよ? そんな顔するんだ、って思うくらい。悠乃くんのそんなだらしない顔、初めて見ました私」

 ぐ、ぐうの音も出ない。


「……言ってくれたら、悠乃くんにならしてあげるのに」

「え? な、何か言った?」

「……言ってくれたら、私もしてあげますよ、って言ったんですよ? また耳あか溜まっちゃったんですか? すぐ溜めちゃって、そんなに気持ちよくなりたかったんですか?」


 そのワードチョイスはいかがわしいものを覚えさせるから勘弁してください。


「膝、座ります?」

 わざとらしく折ったスカート、普段の長さなら見えない真っ白な太ももを強調してみせる伊吹のペースに、僕は巻き込まれていた。


「え、遠慮しておきます。耳かきのし過ぎは良くないって言うし」

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