第87話 ほんとに大丈夫なんだけどなあ
〇
「ふふふんふ~」
「……や、やけに上機嫌ですね。そんなに悠乃くんとウォータースライダー行ったのが楽しかったんですか?」
「ふぇ? んー、まあ、それもあるかなあ」
のんびりとしたテンションで鼻歌を奏でながら、私を引いて売店に向かうおっぱいさん。
数分もすると、多種多様な売店が立ち並ぶエリアにたどり着いた。そのなかでおっぱいさんが向かったのは、私を誘った文句通り、赤文字で「氷」と書かれた暖簾のかかっているお店。
「松江さんは何にする?」
「えっ、あっ、えっと……じゃあ、イチゴで」
「りょーかーい、すみませーん、イチゴとメロンと、えーっと、ブルーハワイひとつずつくださーい」
そう言うと、おっぱいさんは躊躇いもせず、持っていた財布から千円札を一枚取り出す。
「ご、胡麻さんっ? わ、私も出しますっ」
「いいのいいの、こういうときくらい年上っぽいことしないと。普段は石原くんに払わせちゃっているから」
「で、でも……」
「いいからいいからっ」
結局、おっぱいさんはそのまま会計を済ませてしまい、店員のお兄さんから出来上がったかき氷を受け取っては、
「はい、松江さんのイチゴ」
私の分を手渡しては軽い足取りで悠乃くんが待つところへと戻り始めた。
「石原くーん、メロンとブルーハワイ、どっちがいい?」
「僕の分まで買ってきたんですか? じゃ、じゃあ……メロンで。っていうかいくらしました? 出しますよ?」
「別にいいんだけどなあ」
「いっ、いや、そういうわけには。ちょっと財布取って来ますっ」
悠乃くんはおっぱいさんから受け取ったかき氷を一旦ビニールシートの上に置くと、駆け足でコインロッカーへと向かっていく。
遠ざかっていく悠乃くんの背中を眺めながら、おっぱいさんはブルーハワイ味のかき氷をひとくち頬張る。
「ほんとに大丈夫なんだけどなあ」
「……一度破産しかけた人に奢られるのは居心地が悪いんじゃないですか、悠乃くん」
「は、破産までは行ってないけど……まあ……言いたいことはわかるよ」
「……では、いただきます」
私もおっぱいさんの隣に座って、貰ったかき氷をひとくちふたくち食べる。
「……さっきも、咄嗟になったら松江さんのほうを選んだわけだしね」
「え? 何か言いましたか?」
「ううん、なんでもないよ」
何か意味ありげなことを口にしたかと思えば、おっぱいさんは一気にかき氷を三口、四口と含んでは、
「んんん! 食べ過ぎたよおお」
コツコツと頭を叩きながら苦悶の表情を浮かべる。
「……だ、大丈夫ですか?」
「う、うん。だいじょうぶだいじょうぶ。うう、ちょっと頭がキンキンするなあ」
そんなことをしているうちに、悠乃くんがコインロッカーから戻ってきたみたいで、
「五百円くらいで足りますか? ふたり分」
財布から、五百円玉をひとつおっぱいさんに渡そうとする。
「うん、それでお釣りがくるくらいかなあ」
「あ、やべっ、ちょっと溶け始めているし……」
おっぱいさんはニコニコしたまま、悠乃くんから受け取った五百円を財布にポトンと落とす。
「胡麻さん? こ、これひとつ──」
「しーっ。いいのいいの」
ひとつ三百円するかき氷。当然、私と悠乃くんの分を払おうとしたら五百円でお釣りがくるどころか、足りてすらいない。
それを話そうとした私を制しながら、かき氷を食べる胡麻さんのちょっとだけ寂しそうに悠乃くんを眺めている横顔を、その隣から私は何も言わずに見つめていた。
気がつけば、知らない人に話しかけられていた怖さはすっかり消えてしまっていて、それが悠乃くんのおかげなのか、かき氷を食べさせてくれた胡麻さんのおかげなのか、はたまた両方なのか。
私に答えはわからなかった。
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