第86話 やっぱり幼馴染って強いなあ……
と、威勢よく出て行ったはいいものの、所詮中身はインドア引きこもりオタクであることに変わりはないので、少女漫画に出てくるイケメンや男前のようにスマートにいくはずもなく、
「……あー、すみません、僕がその連れです」
暑さで干上がった喉から掠れた声で、彼らの間に割って入った。
突然の乱入者に、当然ナンパしている男の目が僕に向く。
……うわあ、腹筋何個に割れてるのそれ……どこからどう見ても陽キャラの極みじゃないですか、絶対大学で会っても話しかけないタイプの人種だった。
いや、じゃあ陰キャラがナンパするのかと聞かれると議論の余地はあるけど少ないだろうから、ナンパしている時点で陽キャラなんだろうけどさ。
「彼女、知らない人と話すの苦手みたいなんで、そのへんにしておいていただけるとありがたいかなあって」
「え? こいつが」みたいな顔をして僕と伊吹を見比べるイケメン。
いや、嘘ではないと思う。伊吹、学校ではぼっち(らしい)だし。地元でも僕以外の友達と遊んでいるのあまり見た記憶がないし。
あまりにも僕の存在感がなさ過ぎて、拍子抜けをしてしまったのか、
「な、なんだ、連れって男だったんだ、そう言ってくれれば、無理言わなかったのに。じゃあ俺はもう行くね。っていうか、君こそこんな可愛い子放っておいたら駄目じゃないか」
それだけ言っては僕らのもとから離れていった。
……性格もイケメンで助かった。これでごねられたり、無理やり連れて行かれたりなんかしたら到底僕ではどうしようもなかった。
まあ、そのときは国家権力(=110番)に頼る気でいたけど。
「……そ、その、大丈夫?」
ホッとひと息つき、遠ざかっていくイケメンの背中を眺めながら、伊吹の様子を窺うと、
「うう……こ、怖かったです……」
うるうると瞳を潤ませながら、僕の胸に顔を埋めて頭をすりすりする伊吹。
「あ、ありがとうございます、悠乃くん」
うーん、あまりお礼を言われる筋合いではない気もするけど。(伊吹が提案したジャンケンの結果とは言え)伊吹をひとりにしたのは僕と稲穂さんだし、これで僕の手柄ですーはマッチポンプ感が甚だしい。
しかし、よほど怖かったのか、子犬みたいに頭を僕の胸元に擦りつける動きがなかなか終わらない。
「あ、い、稲穂さん」
そして、僕は置いてきた稲穂さんのことを思い出して、顔を振って彼女の姿を探す。すぐに稲穂さんのことを見つけることはできたのだけど、
「…………」
「……稲穂さん?」
当の先輩は、どこか遠い目を浮かべたまま、僕と伊吹の様子を眺めていた。
「ご、ごめん、伊吹。ちょっと稲穂さんウォータースライダーで怪我しちゃって、絆創膏あるよね?」
僕の問いにこくんと伊吹は首を縦に振る。
するするとすり抜けるように伊吹から離れカバンから絆創膏を取り出して、稲穂さんの側に近寄る。
「すみません、遅くなって」
「あ、ううん、全然。ありがとう、石原くん」
稲穂さんは僕から絆創膏を受け取って、ペタリ、ペタリと擦った肘と足に貼りつけていく。
「……やっぱり幼馴染って強いなあ……」
「え? な、何か言いました?」
「いっ、いや? なんでもないよっ。よし、これでもう大丈夫だね」
ポンポン、と貼った絆創膏を軽く上から叩くと、わざとらしく表情をにこやかにさせては、伊吹のほうへ歩き出す。
「松江さん、かき氷食べない?」
「で、でもさっきたくさん食べたし、飲み物まで飲みましたけど」
「ウォータースライダーではしゃいだら、ちょっと甘いもの食べたくなったんだ。松江さんも行こ?」
「えっ、あ、ちょっ」
「はいはい、こういうときは甘いもの食べに行こー甘いものは別腹って言うし」
端から見ればおやつをせがむ妹みたいな構図。されど、年上は稲穂さんのほうだし、姉としての経験値があるのも稲穂さんのほう。
あやすとは正確に言えば違うのかもしれないけど、年下の慰めかたは理解しているのだろう、ついさっきまで涙目になっていた伊吹を連れて売店のあるほうへと向かい始めていた。
時計を見ると、そろそろ帰りのことも頭に入れないといけない頃合いになっている。
伊吹の様子も見つつ、遊ぶとしてもひとつかふたつでいっぱいかなあ、なんて、僕は頭のなかで考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます