第19話 っっっ、みっ、見ないでぇ……ぅぅぅ……
「稲穂さん、落ち着いてっ、何もっ、何も言わなくていいのでっ──」
このまま彼女のムフフな事情を知ると、今後どのように関わっていけばいいかわからなくなるので、水際で踏ん張ってもらいたい。……いや、もう片足沼に突っ込んでいるけど。
「ひゃっ、わっ、わたし、なっ、何を……」
ただ、悪いことは立て続けに起きるもので、完全に取り乱した稲穂さんは、ふいにゴミ箱を倒してしまい、中身が床に零れてしまった。
……明らかに意味深な、くしゃくしゃになったティッシュが二個。
何、この展開? ラッキースケベの方角がマニアック過ぎやしませんか?
「っっっ、みっ、見ないでぇ……ぅぅぅ……」
そしてこの反応、完全にアウトだ。稲穂さんは涙目になりながら床に転がったティッシュをゴミ箱に戻した。……嘘でもいいから鼻をかんだティッシュですとか、零したお茶を拭いたものとか言って欲しかった。
こんなタイミングにかける言葉など、見つかるはずもなく。気がついたら、僕は稲穂さんの沼を両足綺麗に踏み抜いていた。
「……あ、あの、僕が言うのもあれですけど、お、落ち着いてください」
ほんと、縮れ毛見つけた僕が悪いのはわかっているんで。
「で、でもっ、でもっ……」
「ほっ、ほらっ、三大欲求ですしっ? しょうがないときだってありますよ、ね?」
「……ちっちゃいくせに性欲だけはあるって思ったよね」
変わらず泣きじゃくっている稲穂さんを、僕は慰めようとするけど、なかなかうまくいかない。むしろ悪化しているようにも。
「いっ、いやっ、そんなこと全然」
「わたしだってそんないっつもなわけじゃないよ?」
聞いてないし。駄目だこりゃ。
「けど最近石原くんの隣に松江さん越してきて、急に石原くんが遠い存在に思えてきて、それでモヤモヤは収まらなくて……ううう……」
ことに至る経緯まで説明しちゃったよ……。両足で満足せずに両手まで泥についたね。
「ぎゃっ、逆に松江さんとやっていないことって何かないのかな? そ、そんなに過激なことじゃないことでっ」
うるうると目を赤くさせながらも、稲穂さんは僕の真横に座りなおして、尋ねる。
「……そ、そう言われても……言って幼馴染なんで……大概のことは、小さいときに……」
「たっ、大概のことって?」
「……一から十まで言うと長くなるんで……。一緒にお風呂から同じ布団で寝るまでやったことありますけど──」
「おっ、お風呂っ、おっ、同じ布団っ、はっ、はわわわ」
「──僕が小学生のときに」
「そっ、そんなのっ、め、名実ともに彼氏彼女みたいなものじゃ……」
そして勝手に顔を沸騰し始めているし……。
「伊吹の両親が家を空けることが多かったので、それでまあまあ僕の家に泊まることもあったってだけですよ……?」
「や、やっぱりうかうかしていると……も、もう……」
何やらブツブツと僕に聞こえないくらいの大きさで呟いたかと思うと、
「えっ、い、稲穂さん?」
僕の両肩に手を置いて、
「え、えい」
軋む床に押し倒して、僕の上に馬乗りする。
「あっ、あの……き、急にどうしたんですか? 僕、殺されます? それとも記憶を抹消させられます?」
「そっ、そんなことはしないよっ。わ、忘れてくれるなら、そのほうが嬉しいけど……」
だとは思いますけど、そうそう忘れられるイベントでもないんですよね……。
「じゃ、じゃあ、こ、これは一体……?」
僕の下腹部の上に跨り、ほのかに息をすーはーすーはー荒くさせている稲穂さん。
「……いっ、今から石原くんのことを襲いますっ」
そんな彼女から放たれた一言は、ある意味で想像はついたけど、
「……はい?」
「なっ、なので。石原くんがいいよって言ったら襲いますっ。合意なしに性行為をすると刑法第177条で有期懲役に処させるから、石原くんがいいよって言ったら襲いますっ」
い、いや、それで「いい」って言うことある……?
「だ、だって……大概のことは松江さんともうして、慣れているんだよね……? 松江さんに勝つためには、もうこれしかないんだよね……?」
しかも僕が伊吹で女性慣れしていると勘違いされているし。いやっ、慣れてはいないですよ? 決して!
「嫌なの……石原くんを取られたくない……! 取られたくないんだよお……」
「……え、あ……」
素面の状態で紡がれた叫びに、さすがに僕も稲穂さんの言外の想いを察してしまう。
か、かといってこのまま、なし崩し的に行くのはさすがに──
*************
※作者注釈
刑法に関しては作者も注意して調査した上で作中に利用していますが、あくまで稲穂(作中登場人物)の解釈として理解していただけるとありがたいです。実際につきましては、専門家の意見を参考なさるようお願いいたします。
(2021年9月1日記載)
注釈ついでに、ここまでお読みいただいてありがとうございます。もし伊吹や稲穂が可愛いなどと感じていただけたなら、作品フォロー・お星様(作品情報ページの下部か最新話の下部)をポチっと押していただけると励みになります(既にしていただいている方もありがとうございます!)。よろしくお願いいたします。
これからもこの作品を楽しんでいただけると幸いです。
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