第16話 うううう、やっちゃったよおお、完全に面倒な女って思われたよおお
「えっ、なんでそんな渋い顔しているの? わたし、もしかして何かやってた?」
しかもそれを覚えていないときたよ。……ほんと、稲穂さん、外でお酒飲んだら駄目な人かもしれない。まかり間違って男に襲われたりとかしても記憶から抜け落ちていそう。
「いいいいっ、石原くんっ? わっ、わたし酔っているときに何か変なことしてないよね?」
「……僕は、してないですよ?」
「うわあああん、それじゃまるでわたしは何かした、みたいな言いかただよう」
僕がやや含みを持たせて答えると、稲穂さんはチラッと自分の体に目をやっては、自分で自分の体を抱きしめる素振りをしてみせる。
「……大丈夫ですよ、そんな過激なことはしてませんから。R指定はかからない程度です」
かからないよね? 胸押しつけられるのにRかからないよね? せいぜいPGー12くらいだよね? いや、よくわからないけど。
「えっ、わっ、わたし本当に何したの? 石原くんに何したの? 教えてよ石原くん」
……個人的にね? どっちのほうが心臓に刺さったかって言うとね? 胸押しつけられたことよりも寝言で「すひだよー」って言われたことのほうが刺さってますからね? でもそんなこと本人に言えるほど僕メンタル強くないし……。
だから、スーッと目線を逸らし、
「……いえ、聞かないほうがいいと思います。僕も忘れる努力を今しているので」
そう誤魔化そうとしたのだけど。
「おっ、教えてっ。先輩命令だよっ」
完全に血相が変わってしまった稲穂さんが、テーブルに両手をついて正面の僕のほうに身を乗り出す始末。おかげで大きな胸がまた僕の至近距離で強調されてしまう。
「教えてくれないと、石原くんにもう一杯コーヒーとミックスサンド奢っちゃうもん」
脅迫の仕方が変化球過ぎませんか……。しかし、僕が口淀んでいると、ゴクリと唾を飲み込んだ稲穂さんが覚悟を決めた眼差しでボロボロになったペラペラの財布の中身を覗き込んだから、
「わっ、わかりましたっ、言います、言いますってなので無理に奢ろうとしないでっ」
慌てて稲穂さんをなだめて話すことにした。僕がそう言うと、表情を崩して笑みを浮かべた稲穂さんは、
「石原くんならそう言ってくれると思ったよ。よかった、これで話してくれなかったら今日の晩ご飯と明日の朝ご飯がパンの耳になるところだったよー」
と、恐ろしいことを平気で言い出した。……冗談じゃ済まないから笑えない。
「……え、えっとですね。酔った稲穂さんに肩を貸して家まで送っていたら、その、腕に胸を押しつけられたことと」
「へっ?」
「『石原くんなら、こんなことしても変なことしたりしないでしょ?』と半分煽られて、家まで送って布団に寝かせたら、寝言で『そういうところ、すひだよー』と言われたりもしました……」
このまま稲穂さんがひもじい生活を過ごしてしまうのは本意ではないので、恥ずかしいとはわかっているけどこの間あったことを包み隠さず話す。
「……へ、へ? わ、わたし……う、うそ」
すると、ダラダラと目に見えるくらいに冷や汗をかき始めた稲穂さんは、ダンと椅子が倒れそうな勢いで立ち上がったと思うと、
「わわわわわたしっ、ちょっ、ちょっと急用思い出したからもう行くねっ、ごっ、ごめんね用事あるのに引き止めちゃって、あとミックスサンド全部食べちゃっていいからっ! じゃあねっ、また今度!」
ぴゅーと物凄いスピードで学食を後にしていった。
あまりに慌てていたからか、稲穂さんが座っていたテーブルの上には、
「……あ」
長いこと使っているのであろう、古びたペタンコの財布が寂しそうに忘れ去られていた。
〇
うそうそうそうそうそうそうそうそうそ……! わたし、酔ったときにそんなことまで寝言で言っちゃったの? ……すっ、すきだよーって、そ、そんなノリで……?
「うううう、やっちゃったよおお、完全に面倒な女って思われたよおお」
頭は真っ白、顔は真っ赤、全身に恥ずかしさの熱がこもった状態で家に逃げ帰ったわたしは、部屋に入るなり畳んだままの布団に頭から突っ込んでミノムシみたいに丸くなった。
「別に……石原くんからしたら、わたしなんてただの先輩ってだけだし……」
やっちゃったよ……うう、酒は飲んでも呑まれるなって、こういうことなのかなあ……。
石原くん、すごく困った顔しながら話してたし、やっぱり迷惑に思ってたのかな……そうなのかな……。もともと月一の飲み会も、石原くんがわたしの愚痴とかを聞くために付き合ってくれるようになった会だし……実際は行きたくなかったりするのかなあ……。
面倒な年上の女より、至れり尽くせりしてくれる年下の幼馴染の女の子のほうが、良かったりするのかなあ……。
「と、とりあえず……べ、勉強しなきゃ……あれ」
財布……どこにしまったっけ、わたし。
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