第90話 ホテルは休憩するところじゃなくて泊まるところだからね
ポチポチ、と天気予報、電車の運行情報、晩ご飯のあてをスマホで調べながら、雨宿りもかねて様子を見ていると、隣に座っている伊吹が「あ」と小さく漏らす。
「何かあった?」
「……は、悠乃くん。電車が大雨で止まっちゃってます」
「……まじですかい?」
「まじです、大まじです」
伊吹がスマホを見せてくると、そこには今日使った路線の運行情報が。
見事なまでに真っ赤っか。
「……しかも、運転再開の目処は立ってませんって」
「すぐに帰ってればもしかしたら脱出できてたかもしれませんね……」
確かに、あのときすぐに駅に向かっていれば、他に帰路の選択肢を取れる乗換駅まで行けていたかもしれない。いや、時間的に間に合っている。
「……なんていうか、すみません、なんてお詫びをすればいいか」
「いっ、いいんです全然。そういうこともありますよねっ。電車が止まるなんて、予想もできないですし」
しかし、どうしたものか。電車が止まっているとなると、家に帰る手段は、タクシーとかになってしまう。
さすがにここから東京までタクシーで帰ったら、明日から僕らの晩ご飯はもやし炒めだ。さすがに現実的な案ではない。
「電車が復旧するまでここで雨宿りできるならそれがいいんだけど」
「なかなか難しい相談みたいですね」
プールの営業時間はそろそろ終わりを迎えてしまう。そうなれば問答無用でこの大雨のなかに放り出されることになる。
ってなると……残された案は、
「あっ、悠乃くん、ここの近くに休憩できるホテルがあるみたいですよ?」
「ホテルは休憩するところじゃなくて泊まるところだからね」
割と真剣にここらへんの宿泊施設で一泊、が妥当なところだろうか。少なからず、タクシーで無理やり帰るよりはマシな案だと思いたい。
僕はひとまず近所で良さげなところがないか調べる。が、調べれば調べるほど、
「……ラブホしか出てこないんですが」
「私は別にそこでも大丈夫ですよ?」
「伊吹が良くてもそれは世間がちょっと許してくれないんだよ」(※)
「でも、他に場所あるんですか?」
「……なんとか探します」
が、世の中そんな都合よく物事は動いてくれず、ここから最寄りの普通のホテルに電話をしてみたけど、考えることはみんな一緒みたいで、ついさっき最後の空室が埋まってしまったとのことだった。
少しずつ距離を遠くはしてみたものの、やはり空室がなかったり、遠すぎて着く前にびしょ濡れになってしいそうだったり、高過ぎたりと様々な理由で選ぶことができず。
つまり、調べれば調べるほど、逃げ道が塞がれてしまっていることを思い知らされてしまう。
「……まじでどうしよう」
そろそろプールも閉まってしまう。頭を抱える僕に、伊吹がダメを押す。
「悠乃くん? 私は、全然大丈夫ですよ?」
「あ、あの、すみません、そろそろ施設閉めないといけなくて……」
さらに、プールのスタッフさんからの一撃も加わり、僕は決断をしないといけなくなってしまった。
「……ああ、もうどうにでもなってくれ」
「……伊吹、これは絶対に、親にも学校にも稲穂さんにも誰にも言っちゃだめだからね」
「はい、誰にも言いませんよ、悠乃くんっ」
結局、これは伊吹が濡れないためだという言い訳のもと、プールから一番近いところにあった休憩ができるホテルにやって来ていた。
無人のフロントで、適当な部屋を選んで鍵を受け取り、指定した部屋に向かう。
途中、誰かとすれ違わないかめちゃくちゃドキドキしながら、なんとか今日の寝床にたどり着く。
ただまあ、当然というか、そういうことをするための場所であるがために、ベッドはダブルベッドのひとつしかなかったし、どこからどう見ても普通とは言いがたい浴室があったりと、胃痛の種は収まらない。
ああ、伊吹のご両親になんて顔して今度会えばいいんだ。足でも舐めたら許してくれるのかなあ。指の一本や二本、差し出さないと駄目かなあ……。
「やっぱり、折りたたみじゃ全然意味ありませんでしたね。お風呂、用意しちゃいますね」
こんなときでも、伊吹は伊吹で、件の普通じゃない浴室に行ってはお湯を張り始める。
「あっ、悠乃くん、晩ご飯ルームサービスで頼めるんですよね? 何か適当に頼んでおいてくれませんか?」
……年下なのに伊吹のほうが落ち着いていてなんか辛いです。
*******
(※)風営法第十八条より、18歳未満の者の立ち入りを禁止しないといけない、という規則があります(他にも色々書いてありますが)。石原くんはがっつりホテルのルールを破っているので良い子は真似しないでください。本当に真似しちゃ駄目ですからね。
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