第91話 高校生なんて、そんなものなんじゃないんですか?

 少し悲しくなりながら、適当につまめそうなものを注文すると、程なくして晩ご飯が届く。部屋にピザやらフライドポテトやらのいい匂いが漂うと、浴室からすんすんと鼻を鳴らしながら伊吹が戻ってくる。


「美味しそうですね、もう食べられるんですね」

「う、うん。冷める前に、食べちゃおうっか。そういえば、お風呂はどう?」

「入れますよ? でも、私もお腹空いちゃったので先にご飯にしちゃいまーす」

 というわけで、何かとイレギュラー続きだった今日一日の最後の晩餐が始まったのだけど、


「あれ、テレビがあるんですね。悠乃くん、見ないんですか?」

 ピザを片手にテーブルに置いてあったリモコンを手にしようとする伊吹。

「ちょっ、ちょっ、待とうか伊吹っ」

 僕は慌ててリモコンを奪い取っては、彼女の手が届かない場所に避難させる。


「? 悠乃くん?」

「て、テレビ、なーんか調子悪いみたいでねー」

 嘘である。この晩ご飯はテレビ画面を通じて注文をしたんだから、テレビが見られないわけがない。ただ、ここはそういうホテルだ。どうしたって、えーで始まってぶいで終わるビデオの存在がテレビを操作しているちチラついてしまう。


 普通に十八歳未満の伊吹にそれを事故でさえ見せるわけにはいかない。

「あはは、あははー」

「……? 別に、AV隠したいのでしたら、私は気にしませんよ? 見たこともありますし」

「……ぶほっ、けほっ、けほっ」


「高校生なんて、そんなものなんじゃないんですか?」

 そうなんだけどさ、僕もそんな感じだったからあまり強く言えないんだけどさ、面と向かって言われると来るものがあってね?


「なので、リモコンお借りしまーす」

 いそいそとリモコンを取りに来ては、テレビの電源を入れる伊吹。ホーム画面にはまあ当然のようにあれがあれでああなビデオのところもあるけど、気にすることなく普通のチャンネルをつける。


「やっぱり雨、酷いですね……明日の朝まで止まないみたいです」

「そ、そうみたいだね」

 部屋の外からは、降りつけるというよりかは叩きつけられている雨の音が激しいし、なんだったら、


「きゃっ、きゃっ!」

 ドゴン、という激しい稲光の音が部屋に突き刺さった。途端に、黄色い悲鳴も一緒に僕の耳に響き渡る。

「かっ、雷……」

 ……ああ、そういえば、雷苦手だったね。


 水に落ちた猫のごとく、体を震え上がらせて飛び跳ねた伊吹は、ピザを持ったまま僕の隣にすり寄って来る。

 ついさっきまで、初めてのラブホテルで普段通りにお風呂の支度をしていたり、AV見たことありますよと余裕を見せていた人と同一人物とは思えない。


 どうやら、雷雲がここらへん一帯にやって来たみたいで、そこそこの頻度で雷鳴がするようになってきた。

「ううう……こ、こわいよお……」

 伊吹も僕も、頼んだピザとポテトを食べきる。となると、次はお風呂、っていうことになるんだけど、


「……お、お風呂、どっちが先に入る?」

「む、むりだよお……こわくてひとりじゃはいれないよお……」

 わかってはいた。この間の雷のときも幼児退行していた節があるから、わかってはいたけど、予想通りのリアクションを伊吹はしてみせた。


「け、けど、とは言っても一緒に入るわけにはいくらなんでも」

 ここラブホそれお風呂は完全にプレイにしかならない。


「じゃ、じゃあ……ドアの前にいてくれる?」

「……わ、わかったよ」

 潤んだ瞳で伊吹が出した妥協案に、僕は頷くよりなかった。


「は、悠乃くん? い、いますか?」

「うん、いるよー」


 部屋の浴室。すりガラスの扉に背中を預けながら、お風呂に浸かる伊吹を待つ僕。十五秒おきくらいに、震える伊吹の声が僕に投げかけられる。少しでも返事が遅くなろうものなら、怖さで浴室を出ようとするから、なかなかに油断ならない。


「は、悠乃くん?」

「うん、大丈夫だよー」


 ……まあ、問題があるとすれば、すぐ間近で年頃の女の子のお風呂の音を聞かされるのが、生殺し以外の何物でもないってところか。

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