第77話 ……いいもん、全部私が飲むからいいもん
その後、結局きっちり三人でいつどこにプールに行くのか、という話し合いをおやつがてら立ち寄ったファミレスですることになったのだけど。
「あ、私はこの日とこの日とこの日はちょっと用事があるので難しいですね」
「そ、そうなんだ……だと、わたしが夜にバイトある日くらしか駄目そうだね」
わざとなのか偶然なのか、伊吹が指定したのはどれもこれも稲穂さんが深夜にバイトがある日だけ。ただでは転ばないつもりのようだ。
「悠乃くんはいつでもいいんですよね?」
伊吹はそう言いながら、イチゴパフェを美味しそうに口に運んでいく。
「う、うん……なんかこの流れでそれは僕が寂しい暇人みたいに思われるけど」
事実なんですけどね、はい。僕は手元にあるアイスコーヒーをストロー越しに飲む。
「それで、場所、ここがいいなって思っているんですけど、どうですか?」
テーブルに自分のスマホをスッと差し出した伊吹。僕と稲穂さんは同時に、彼女の画面を覗き込む。
「……湘南にある、ウォータースライダーが有名なプール」
「わあ……湘南、前々から行きたかったんだよね……」
「いいんじゃない? そんな遠いわけじゃないし」
満場一致で賛成となったため、伊吹は嬉しそうにしてスマホを手元に戻す。
「では、ここで決まりでいいですか?」
「うん、オッケー」「いいと思うよ」
「じゃあ、最後に日程だけちゃんと詰めましょうか」
そんな感じで、買い物帰りのファミレス会議は順調に進み、天気予報とにらめっこをした末、来週の水曜日にプールを決行することに決まった。
帰り際、最後にひとくち残していたパンケーキを頬張った稲穂さんは、幸せそうに頬っぺたに手を当てて、
「……んん、初めて食べたけどこんな美味しいなんて……またお金貯まったら食べに来ようかなあ……」
財布から千円札を取り出しながらそう漏らしていた。ちなみに、ファミレスでパンケーキを頼んだのも、お父さんのお小遣いで水着を買ったお釣りが出たかららしい。
「それじゃあ、わたしこの後ちょっとゼミの集まりとバイトがあるから」
僕らの家の最寄り駅まで戻ると、稲穂さんは足取りを改札口のほうに向けていた。
「そうなんですね、お疲れ様です」
「うん、それじゃあまた水曜日、よろしくねー」
ヒラヒラと手を振って、ICカードをポケットから取り出す稲穂さん。すると、下から電車が滑り込んでくる音が聞こえてきたものだから、慌てて稲穂さんはホームへと駆け降りていった。
そんな彼女の後ろ姿を見届けてから、
「じゃあ、僕らは晩ご飯の買い物でもして帰ろうか」
隣に立つ伊吹に声を掛けた。けど。
「…………」
「い、伊吹?」
「……一体何を食べたらあんなに大きくなるんですかなんなんですかあのおっぱいは」
「お、おーい、伊吹―」
「『サイズ大きいと選べる幅が減っちゃう』って、それ私に対する嫌味なんですかね、どう思います悠乃くん?」
あ、これ何言っても駄目な奴だ。伊吹の怨嗟が止まらない。
た、確かに稲穂さんが水着を選んでいるとき、結構サイズが合わなくて(どこのとは言わない)、気にいっていた柄の水着を諦めるという事案がいくつか起きた。その度に伊吹は悔しそうに唇を噛んでいたのも僕は確認しているけど。
「……ど、どう思うって言われても」
「い、いいもーん。胡麻さんより可愛い水着買ったもーん。ふーんだふーんだ」
……あ、現実逃避に走った。
「べつに、く、悔しくなんてないもーん。大きさなんて関係ないもーん」
もーんの出血大サービスになっているもん。……やべ、語尾が伝染った。
「……か、買い物行こう? 伊吹」
「そうですね。今晩はクリームシチューにしませんか?」
「い、いいんじゃないかな……」
どことなく、どこかの成長によさそうな気がする(あくまで気がするだけ)メニューなのは、言ったらまた伊吹の自虐が始まるだろうから突っ込まないでおこう。
クリームシチューの材料などを買った帰り、
「……い、伊吹、いくらなんでも買い過ぎたんじゃ、これ……」
マイバックにこれでもかと詰められた牛乳に腕をへし折られそうになりながらも、僕はなんとか家路を進んでいた。
「……いいもん、全部私が飲むからいいもん」
別に、牛乳はそんなに関係ないんじゃなかったっけ……とも思ったけど。
まあ、本人が飲むのなら、それはそれでまた。
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