今年16歳になる幼馴染が婚姻届を持って僕の隣に引っ越してきた件~来年から結婚できる年齢が変わるからって慌てないでください~
第76話 そのときに、お父さん、わたしにお小遣い置いていっちゃって……五千円。
第76話 そのときに、お父さん、わたしにお小遣い置いていっちゃって……五千円。
さて、その翌日。いいニュースと悪いニュースがある。どちらを先に言うべきだろうか。いいニュースを先に言うとするなら、先日のように下着を一式選ぶわけではないので、幾分、伊吹と一緒に女性用の水着売り場にいても、それほどメンタルにダメージはなかったということ。……単純に慣れただけかもしれないけど。嫌な慣れだ。
では、悪いニュースのほうと言うと。言ってしまえば、水着は下着と違って他人に見てもらうのが前提となるものだ(伊吹なら下着でさえもその気になれば僕に見せてくるかもしれないという点は一旦置いておく)。となると、試着の段階である程度伊吹にも思い切りというものが生まれ、
「悠乃くん悠乃くん、では、これなんかはどうですか?」
試着室のカーテンの上半分だけを開けて、僕に試した水着をどんどん見せてくる、ということだ。
「……い、いいんじゃないかなあ」
「さっきのと比べるとどうですか?」
「……さ、さっきのより今のほうが露出が少ないから僕的には安心できるかな……」
今伊吹が試着しているのは、ワンピースタイプの黄色の水着で、胸元と腰のところにフリルがついていたりする。
「……視点がどっちかというと保護者な気もするんですが」
「事実、伊吹の親からはよろしく頼まれているから」
なんてたって三者面談まで行ったんだ。これで保護者代理とかじゃなかったら一体何だと言うんだ。
「むう、そんなこと言うなら最初に試着したあれにしちゃいますよ?」
「……あれだけは勘弁して、あんなの伊吹に着せたなんて伊吹の両親にバレたら僕二度と北海道帰れなくなるから」
……最初に伊吹が選んだのは、それはそれは上も下も際どくしかも黒のビキニという攻めに攻めた奴。しかもあろうことかサイズが若干大きくて(どこのとは言わない)色々詰めないとポロリもありそうな全方位に胃が痛くなる仕様だったので、全力で僕はそれを止めた。
「じゃあ、今のと前のと、悠乃くんの好みはどっちですか?」
「……今のほうが年相応に可愛らしさもあっていいんじゃないかと思います。似合っていると思います」
「わかりました、そういうことでしたら悠乃くんの意見を採用して今着ているのにします。値段も予算の範囲内ですし、ちょうどいいですね」
今着替えるのでちょっと待っててくださーいという声とともに、カーテンがサッと閉じられ、水着売り場に僕ひとりの状況が出来上がる。その間、特にすることもないので辺りをボーっと眺めていると、ふと、
「……んん?」
僕の視界の端を、見覚えのある影が横切った気がした。
……いや、勘違いだろう。いくらなんでも、そんな偶然あるわけが……、
「どうかしましたー? 悠乃くん。やっぱり最初の水着のほうがよかったなーって心変わりしました……か?」
着替えも終わって、カゴに購入する水着を入れた伊吹が僕のもとに戻ると同時に、
「……あ、い、石原くん……と、松江さん」
僕の目の前に、ひとりで女性用の水着売り場を歩いている稲穂さんがバッタリ現れた。
「……は、悠乃くん、どういうことですか、どうしてここに胡麻さんがいるんですか」
突然の出来事に、狼狽えてしまう伊吹。
「たっ、たまたまだよ、僕は何もしていないっ」
稲穂さんの影でそんなひそひそ話をしていると、ごくごく自然な様子で稲穂さんは僕らにペコリと一礼する。
「こ、こんにちは、奇遇だね、ふたりとも」
「い、稲穂さん。どうしてここに……?」
「……え、えっとね、この間、お父さんが上京したのは石原くん知っているでしょ? そのときに、お父さん、わたしにお小遣い置いていっちゃって……五千円。それでたまには好きに買い物しなさいって」
……それと引き換えに一体何日分の晩ご飯を犠牲にしたんだ、お父さん。
「……た、多分返しても受け取ってくれないから、それなら、いっそ水着買っちゃおうかなあって思って……」
ちら、ちらと僕と伊吹の顔を窺う稲穂さん。これは自分もついていきたい、という無言の主張だろう。
「そっ、それに、松江さん、
「んっ、んぐっ……」
「え? 約束? 何のこと?」
「「悠乃くん(石原くん)は知らなくていいことです(だよ)」」
稲穂さんの発言に伊吹は反論をしない。恐らく、弱いところを突かれたのだろう。
「……むうう、別に抜け駆けとかそんなつもりじゃなかったのに……いえ、わかりました、そういうことでしたら構いません。……うう」
……ふ、複雑な事情がおふたりの間にもあるんですね。
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