第26話 ちょ、ちょっと徹夜でアニメ一気見しちゃって、それで寝不足で
晩ご飯も食べ終わると、一旦伊吹が自宅に戻って、パジャマなど諸々の着替えを取って来るのに僕も付き添う。……一刻たりともひとりになりたくないらしい。
ガスコンロは停電中でも使えたので、最低限の調理はできたけど、お風呂はそうもいかない。家のお風呂はリモコン操作で電気を使うので、電気が通っていないとお湯はりができない。まあ、こればっかりは仕方ない。女の子的には我慢ならない事態かもしれないけど、さすがに明日の朝まで電気が止まっているってことはないだろうから、明日までの我慢だ。
と、なると、正直言ってやることがなくなる。
食器を洗って拭き終わって、……で、もうあとは寝るだけ、だ。なんだけど、ひとつ問題がある。
「……あ、あのさ伊吹。僕の家、ベッドひとつしかなくて、予備の布団とかなくて。それで……えっと……」
僕はパジャマに着替え体育座りで隅っこに震えている伊吹に声をかける。
「……一緒のお布団で寝ます……」
「へ?」
「……同じおふとんで寝ます……」
返ってきたのは、とてもいじらしいお願い。
……いや、さすがにそれは色々ありすぎるのでは。そもそも婚姻前の男女が同じ布団で寝るってアリなの? ちょっと知恵袋検索してみようかな……。
「だって、結婚したら同じ布団で寝るから、問題ないでしょ……?」
「そらまあ同じ布団で寝る日もあるだろうけど、いつもは隣同士なんじゃないのかな?」
……ほら、同じ布団で寝るイコール、まあその、あれがああなってああなわけで。英語だって、「sleep with A」で「Aと〇〇〇〇する」って意味にふんわりとなるし。
「うう……だって……だってぇ……」
「……だって、何……?」
「ひとりは怖いんだもん……」
結局は、そこが根っこみたいで、どうやったってそこに行きつくみたいだ。
こんなに寂しがり屋だったっけ、と思うも、去年一年間伊吹をひとりにしたのは僕も同じなので、あまり強く出ることもできない。どのしろ、僕が床で寝たとしても、伊吹も床で寝るとか言い出すだろうし、それぞれの部屋で別々に寝たとて、薄い壁越しに夜な夜な泣きじゃくる伊吹の声が聞こえてくるだろうから、もうこれしか選択肢は残っていない。
「わ、わかった。わかったから……」
僕は首筋をポリポリと掻いては、これまで暗闇を照らしてくれたロウソクの火を消して、
「……することないし、もう寝よっか」
ベッドの半分を開けて横になった。すると、するすると見知った柔軟剤の香りが背後から漂ってきたと思えば、
「……いっ、伊吹っ?」
背中にマシュマロみたいに柔らかな何かがくっつけられる感触が走り出す。
「……ちょっ、ちょっ、さすがにこれはっ──」
しかし、その後の言葉は、右手に感じた伊吹の体の震えで続くことはなかった。
……き、今日だけ、今日だけだからね……。
いい匂いと、異性特有の柔らかい身体と、さらにはぐずっているというトリプルパンチも相まって、変な気を起こさないように堪えるのに僕は必死だった。
翌朝。電気はもう復旧しており、伊吹は目を覚ますなり、ペコペコと僕に頭を下げつつ「お邪魔しました、ありがとうございました」と安心しきった様子で自分の部屋に帰っていった。
……ちなみに、僕は一睡もできなかった。
授業は二限からあるし、これから寝てしまうと寝すぎてしまって二限のみならず、三限四限も起きれず、「絶起なう。ぴえん」と呟きかねない。……いや、呟かないけど。
なので、シャワーを浴びてきた伊吹が作ってくれた朝ご飯をちゃっちゃと食べた僕は、目をこすりながら朝の通勤ラッシュの電車に乗り込んでは、一限の時間学食で仮眠を取って二限に備えることにした、のだけど。
「……zzz」
「あっ、石原くーん。あれ? 今日は二限からの日じゃ……って、あれ? 寝てる?」
「……い、稲穂さん……」
「どしたの? 朝から学食で寝るなんて、珍しいね。何かあったの?」
机に突っ伏す僕を覗き込む稲穂さん。そのためか、見上げると目の前に先輩の顔が入り込む。
「……い、いや、えーっと」
まさか、伊吹に泣きじゃくられて同じ布団で寝ましたなんて言えない。……そんなこと言ったら、ますます稲穂さんが暴走しかねないというか、なんというか。
「ちょ、ちょっと徹夜でアニメ一気見しちゃって、それで寝不足で」
「……ふーん、そっかあ」
……が、僕の顔をまじまじと見つめる稲穂さんの表情は、どこか疑っている。
これ、信じてもらえてないな。……どうしよう……。
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