第25話 こっ、子供のときはしょっちゅうお泊まりしてたじゃないですか
それから、僕の見立てと反して、停電はしばらく続いた。その間も、伊吹は僕の足元に縮こまって小さくなって震えたままだし。
いつまでもスマホの懐中電灯だと、電池の消費の足が速くなるし……。
「伊吹、ちょっとごめん」
僕は、暗闇のなか、勉強机の引き出しからロウソクを取り出す。手早くマッチで点火させて、ひとまずの灯りは確保することができた。
「とりあえず……これでなんとかなってる、よね……?」
ふっと、伊吹の様子を窺うと、とりあえずは落ち着いたみたいで、床の上にこじんまりと体育座りに、瞳を上下に揺らして僕の顔を見上げている。
「……う、うん。ありがとう……」
普段の敬語が外れて、ため口になった彼女の口調は、僕らがまだ小さかった頃を想起させる。
「……っていうか、カレーどうしよっか」
僕は、伊吹からガスコンロの上のカレーの鍋と、停電で止まってしまった炊飯器に視線を移す。
カレーは正直あと温めるだけ、みたいな節はあるからどうにかなる。この家のガスコンロは、停電時でも使えるものだから。ただ、ご飯に関しては、
「……復旧しないなら、コンロで炊き直すしかないよなあ……」
このままだと生煮えだし……。
コンロは一口しかないから、先にカレーを温めて完成させて、炊飯器のご飯を別の鍋に移動して炊き直して、といったふうに、なんとか晩ご飯の支度を整え、
「そ、それじゃあ、い、いただきまーす……」「い、いただきます……ひっぐ」
結局、停電は収まらないまま、ロウソクの灯りひとつで、僕と伊吹はテーブルを囲んで晩ご飯を食べ始めた。
一応、スマホで電力会社のホームページに飛んで、停電の状況について軽く調べたけど、どうやらこの辺り一帯、丸々電気が止まってしまったらしく、復旧には時間を要する、ということが書かれていた。
「停電、まだかかるみたいだって」
「そっ、そうなんですね……」
僕が伝えると、薄明りでもわかるくらいに伊吹は大きく華奢な肩を震わせては、視線を自分の膝元に傾ける。
「……そんなに、暗いところ、駄目だったっけ」
「は、はい……そ、そもそも、誰もいない空間、っていうのが……どうしても駄目で……昼間はまだ大丈夫なんですけど……夜はからきしで……」
「……そ、それでよくひとり暮らししようと思ったね」
忌憚のない突っ込みを入れると、カランと乾いた食器の音を鳴らした伊吹は、
「だ、だって、お父さんもお母さんもどこか行って家いないことがほとんどだったし、そっ、それなら、悠乃くんの隣でひとり暮らししたって大差ないって思って……」
涙目のまま僕にそう訴えた。
「……ひ、ひとりぼっちは……こ、怖いんです……」
伊吹はカレーを食べる手を止めたまま、さらに続ける。
「……あっ、あの、は、悠乃くんさえよければ……なんですけど」
「うん、何?」
「……こ、このまま停電が直らなかったら、今晩……」
「うん」
「はっ、悠乃くんの部屋に、泊めてくれませんか?」
「…………。……うん?」
さすがに三度目の「うん」は疑問形だ。今、泊めてって言った?
「え? 泊める? 泊めるって、ここで寝るってこと?」
「……はい。だ、だって、ただでさえひとりぼっちで寝るの心細くていつも怖いのに、豆球さえも使えないってなると……も、もう今晩は寝られないです、私」
「えっ、ええ? さ、さすがにそれは……」
「こっ、子供のときはしょっちゅうお泊まりしてたじゃないですか」
「今はほら、あのときと違うし」
子供がするお泊まりと、大人がするお泊まりは色々意味合いが違うというか……その。
「じゃっ、じゃあ私に寝ないで明日学校に行けって言うんですかっ」
などと抵抗すると逆ギレされちゃったし。……そんなに暗くてひとりぼっちが怖いのか。
「わ、わかったよ、じゃあ伊吹が寝るまで隣いてあげるから、自分の部屋で寝たほうが」
「そっ、それじゃ意味ないんです、怖い夢見たときどうすればいいんですかっ」
……そこまでは面倒見きれないよ……。
「それに、深夜に目覚めて、お、お手洗いに行きたくなったときに、電気がないと怖くて歩けないですし……うう……」
「……うん、もういいよ、泊まっていいから。うん。ごめん、僕が悪かったから」
「いっ、いいんですか? あっ、ありがとうございますっ」
……もう、そうするしかなさそうですし。停電が直る以外に。
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