第24話 かっ、かみなり……て、ていでん……こ、こわい……こわいよう……

 稲穂さんと別れた後、電車に揺られながら家の最寄り駅へと戻っていく。ロングシートの端に肩を寄せるように座り、手元に布のブックカバーをかけた本を持ちながら、帰宅ラッシュの車内を過ごしていた。


 視界の片隅に、厚い雲が伸びてきているのを感じ、早く家に帰って、ベランダに干している洗濯物を取り込まないと、と思い始めた。

 足早に帰宅し、雨が降り出す前にと洗濯物を部屋にポイポイと放り込んでいると、


「悠乃くーん、帰ったんですね、これから晩ご飯作りますねー」

 貸していた合鍵で、伊吹が買い物袋を片手に僕の部屋に入ってきた。この光景ももはや当たり前のものと化していて、買い物袋の中身を手際よく伊吹は冷蔵庫に入れる、のだけど、今日に関しては、


「って……あっ、すっ、すみませんっ。い、今洗濯物取り込んでいたんですねっ。た、タイミング悪くてすみません……」

 ワンルームという部屋の構造上、キッチンのすぐ側で洗濯物を置いていたため、シャツやらタオルやら、あと、僕のパンツまでもが伊吹の目に入ってしまう。


 彼女は恥ずかしそうに頬を赤くさせては、視線をすぐに逸らしまな板の上でジャガイモの皮を器用に包丁でむき始める。


「ぼ、僕のほうこそ……お、お見苦しいものを……」

「いっ、いえ……む、むしろご褒美というか……なんというか」

「え?」


「なななっ、なんでもないですっ、なんでもっ。今日はカレーですよっカレー」

「……伊吹。そのジャガイモ、皮むきすぎて実まで削っているけど」

「あ」


 ……と、とりあえず、ジャガイモが全部生ごみと化してしまう前に、洗濯物畳み終えないと。


 無事、ジャガイモが全部薄皮になってしまう前に、畳み終えた僕は、伊吹のカレー作りを手伝うことに。といっても、既に野菜と豚肉の下ごしらえは完了していて、あとは水でぐつぐつ煮込んでカレールーを放り込むのみ。


「……僕、特にすることなかったね」

「カレーなんで、その気になればすぐ終わっちゃいますから。ちゃんと作ろうと思えば時間かけないとですけど」


 苦笑いしつつ炊飯器のスイッチを押し、あとは炊きあがりとカレーの完成を待つだけ。


「雨、本格的に降ってきましたね」

「……みたいだね」

 火をかけたカレーのお鍋を見守りながら、ふと伊吹は口にする。


「伊吹は洗濯物大丈夫なの?」

「はい、学校終わったらすぐに帰って取り込んだので」

 鍋の底にカレールーや具材がこびりつかないように、おたまでカレーをかき混ぜる伊吹。


「そっか。そういえば、伊吹は部活とか入ったり──」

 そんな彼女に、なんとなくそんなありきたりな質問をしようとした瞬間。

 窓の外から、ドォン!という、雨音を切り裂くような大きな破裂音が辺りに響き渡った。


「うわっ、雷か……結構近かったみたいだね……」

 肩をすくめて、僕は隣に立っていたはずの伊吹の様子を見たのだけど、

「……い、伊吹? 大丈夫?」

 当の幼馴染は、おたまを手にしたまま、その場にしゃがみ込んでプルプルと手を震えさせていた。


「……だっ、だっ、だい、大丈夫です、よ……?」

「明らかに大丈夫じゃない人の台詞だと思うけど──」

 すると、にたび強烈な破裂音。さっきよりも近所に落下したみたいで、


「きゃっ!」

 一斉に部屋の電気が消えてしまった。かと思えば、


「停電かしかも。ついてないなあ……って、い、伊吹……? ど、どうした? ぼ、僕にひっついて……」

 僕の足元には、生まれたての小鹿みたいに震えた伊吹がしがみついていた。


「かっ、かみなり……て、ていでん……こ、こわい……こわいよう……」

 ……そういえば、伊吹、雷も暗闇も駄目だったっけ。寝るときは豆球残さないと眠れないタイプでもあったし。

 高校生になってもそれは直ってなかったのか……。


「とっ、とりあえず落ち着こう? す、すぐ復旧するだろうし、ほっ、ほらっ、灯りっ」

 僕はすぐにポケットからスマホを取り出しては、ライトを点灯させてひとまず伊吹を安心させようとする。


「うっ、うう……ひっぐ……」

 が、照らし出されたライトの先には、涙ぐんだ伊吹の表情がもろに映し出されて、それはそれで僕の胃に悪い結果に。


 ……うるうると瞳と揺らして助けを求めるように、上目遣いで僕のことを見つめているから、そりゃ、ドキドキもしてしまうもので……。

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