第27話 じいいいいいい
渋い表情の稲穂さんの様子を窺いながら、僕は半分寝ぼけている頭でどう誤魔化そうか考える。も、しかし、
「……あれ? でも、昨日石原くんの家のあたりって落雷で停電してなかった? そんななかで、徹夜でアニメ見たの?」
稲穂さんの機転が先に決まったみたいで、まさしく図星ということを僕に尋ねる。
「……い、いやー、ちょっと寝つきが悪くて」
ダラダラと額に冷や汗をかきながら、しどろもどろに答えると、さらに不審に思った稲穂さんは、グイっと鼻先を僕の顔に近づけては、
「じいいいいいい」
と、わざわざ口にしつつ目をじっくり見つめる。
「……怪しいなあ。そんな冷や汗かくくらい隠したいこと……んー……あっ」
「ぎくっ」
「まっ、まさかっ、停電にかこつけて、松江さんが何かしてきたんじゃ」
しばらくの間、瑞々しそうな唇に指先を当てて考える素振りを見せた稲穂さんは、パンと乾いた音を、手を叩いて鳴らした後に、やはりほぼ真実に近いことを言い当ててきた。
……さすが弁護士志望(関係あるのか?)、嘘を見抜くのが得意なのだろうか。
ちょっと違うことがあるとすれば、恐らく伊吹は本気で停電・雷を怖がったことで、そこに僕をどうこうするという意図は先行してなかった、という点だと思う。
……そうじゃなかったら、僕は女の子が怖すぎて何も信じられなくなる。
「……い、いや、そっ、そんなことは」
「じいいいいいい」
あっ、あのっ……。味を占めて「じいいい」を直接口にして僕の真意を掴もうとするのやめてもらってもいいでしょうか。……ただでさえ小柄な稲穂さんがそれをやると、大人の醜い嘘を暴こうとする無邪気な子供、っていう図が想像されて、なんかいたたまれない気持ちになるので。
「え、えっと、いっ、いやっ」
「じいいいいいい。嘘は駄目だよって、習わなかった? 石原くん」
優しく、子供をあやすような口調の稲穂さん。
「……な、何もなかっ──」
「じいいいいいい」
「──すみません、ありました」
そんな彼女の(生)温かい目に負けた僕は、とうとう口を割ってしまった。……駄目だ、稲穂さんのこの取り調べに耐えられる気がしない。
「そっかあ、本当のことを話してくれて、わたし嬉しいよ。それで、何があったの? 昨日は」
「……え、えっと、その……暗いところでひとりで寝るのが怖いからって理由で、同じ部屋で寝ました」
さすがに、同じベッドで寝ましたとまで言えまい。そんなこと言ったら、この間ゴムがないからって理由で稲穂さんの誘いを断ったのが嘘らしくなってしまう。
「……ふーん、そんなことがあったんだねっ」
僕の話を聞くなり、しゃがみ込んで下から僕を見上げていた稲穂さんは、スッと隣の椅子に座っては、ガタゴト音を立てたかと思うと、
「いっ、稲穂さんっ……?」
パイプ椅子の真横にパイプ椅子をくっつけては、さっきよりも至近距離に近づく。かと思えば、
「……え、えっと、この日とこの日はバイトが入っているし、この日はゼミの勉強会が夜に入っているし、この日は給付の奨学金の申請書類作るつもりでいたし……えーっと、えーっと……」
くるっと僕に背中を向けては、ブツブツと何か口にしつつ、スマホでスケジュールを確認しだす稲穂さん。
「よっ、よしっ、この日だったら──」
数十秒それを続けると、再び僕のほうを向いた稲穂さんは、
「いっ、石原くんっ。来週の月曜日、空いてるかなっ?」
至って真剣な様子で、こう聞いた。
「……げ、月曜ですか? じ、授業終わった後なら暇ですけど……」
「デートしてくださいっ」
そして、続いた言葉はドストレートもドストレート。疑う余地もないくらいの剛速球だった。
僕は、それに対して口を開けたまま固まってしまうと、次第に稲穂さんの顔も赤くなってきては、
「……え、えっと、そ、そこで黙りこくられると、わたしも恥ずかしくなるっていうか……そっ、そのっ……」
あわあわと両手の指先を遊ばせ、さらには、
「……だ、駄目、かなぁ……?」
仄かに桃色に染まった頬と上目遣いで、駄目を押す。
断りかたがわかる人がいたら、是非ご教授していただきたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます