第11話 さ、触ってみますか? ……そ、それとも

 意図しない形で胸の話題になってしまい、なんどかいたたまれない気持ちになってしまう。伊吹の膝の上で。鼻先には制服のワイシャツからフローラルな柔軟剤の香りが漂うし、嗅覚だけでなく視覚はもともとの至近距離も相まって、さらにワイシャツのボタンの隙間からふと伊吹のお腹が見えてしまったり。極めつけは、


「……あっ、ここの隙間カリカリすると、悠乃くんなんか気持ちよさそう」


 四月でも未だ雪が残ることが多い地元から、もう桜さえ終わってしまう東京に引っ越したことで、暑さすら感じているのだと思う。伊吹は半袖のワイシャツの上からブレザーを羽織って登校していたみたいで、ブレザーを脱いで耳かきしている今。袖先から、普段余程のことがないと他人に見せることのない、真っ白で綺麗な脇と、ピンク色の下着が目に入った。


「……ピンク」


 そして、異性の下着なんて、SNSのタイムラインに流れてくる美少女のイラストくらいでしか見たことがない僕は、不意にぼそっと、見えたものを口にしてしまった。


「……え? ピンク? って──きゃっ!」

 瞬間、伊吹は僕に下着を覗かれたことを理解したみたいで、咄嗟に脇をしめて隠そうとした。ただ、不幸にも伊吹は耳かき中。そんな状況で急な動きなんかしようものなら、


「いっっっ!」

 僕の耳の穴に、鈍い痛みが駆け抜けた。

「あっ、ご、ごめんなさいっ、だっ、大丈夫ですかっ? 悠乃くんっ」

 耳を押さえて痛がる僕に、すかさず伊吹は謝っては、耳にフーフー息を吹きかける。


「……へ、へーきへーき、なんともないなんともない。……それに、原因作ったのは僕のほうだし」

「そっ、それは……私も、心の準備が整っていないときに見られたら、驚いちゃいますし……。それに、脇は……は、恥ずかしいですし……」

「……すみませんでした」


 伊吹は少しだけ気まずそうに表情を硬くさせ、耳かき棒を上下逆にし、梵天で耳をこしょこしょとし始める。


「……ど、どうしても見たいなら、事前に言ってくれれば、その……心の準備をするので」

「……それはそれで特殊すぎる気もするけど。というか、事前予約制って何なの……?」

 お金を払ってそういうことをするいかがわしいお店に見えなくもないよ? 行ったことないからわからないけど。


「……悠乃くん、さっきの胡麻さんのときもそうでしたけど、……おっぱい、好きだったりするんですか?」

「おっ、おっ──なっ、何を急にっ」

 伊吹は左手で、自分の胸を隠す仕草をしつつ、突然そんなことを言い出す。


「……だって、胡麻さんのおっぱいに腕当たってるとき、鼻の下伸びてましたし、さっきも胡麻さんが『ご奉仕』とか言い出したとき、チラッと目やってましたし。それに、今も」

 ……そんなおっぱいおっぱい連呼しないでもらえませんか? 免疫ない僕にはちょっと刺激が強いんです。


「……そんなに悠乃くんが、好きだったら──」

 ふと、伊吹は耳かき棒を床に置いて、頬をより桜色に染めたかと思えば、膝の上で横になっている僕の口元に、自分の胸を近寄せて、


「へっ、あっ、いっ、伊吹っ? どっ、どうした?」

「──さ、触ってみますか? ……そ、それとも……す、吸いたいのでしたら、は、恥ずかしいですけど、わ、私は別に……」

 そんな爆弾発言をかます。


 まるで赤ちゃんに授乳するような格好に、僕のテンパり具合はさらに上昇。伊吹が口にしたことも理解が数瞬遅れて、動きが固まってしまった。その隙にというか、壁ドンならぬ、膝ドンをされてしまう始末。強引に押し返さないと、抜け出せない。


「えっ、あっ、ちょっ」

 ぷち、と一番上のワイシャツのボタンが外されて、鎖骨の部分の肌が露わになる。

 ……嘘やん、本気じゃん伊吹。


「……言いましたよね。……い、いいお嫁さんになるために、色々勉強したって。……悠乃くんが満足してくれるように……そ、その……こういうことも勉強したんです。悠乃くんにしかしてあげたくないので、まだ経験はないですけど……」

「いっ、伊吹っ、タンマっ! タンマっ!」


 今にもワイシャツの第二、第三ボタンが外されて、ピンク色の下着さえもがっつり見えそうになり、僕は慌てて伊吹の両手を掴んで制止する。


「は、悠乃くん……?」

「……段階、ちゃんと段階を踏んでやらないと。そ、そんないくらなんでも、これは踏み飛ばしすぎだよ……あ、慌ててすることじゃないよ」


「でっ、でもっ」

「……身体で好きな人決めないから、僕は。稲穂さんもそういう目で見てないし。だから、あ、慌てないでください……。ほんとに。自分がむやみに傷つくだけだから……」


 緊張のあまり、息も絶え絶えになるなか、なんとかそう言って、僕は伊吹を踏みとどまらせた。

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