第12話 これが俗に言うレスってものなんでしょうか
「……うう、悠乃くんが私のこと求めてくれません。これが俗に言うレスってものなんでしょうか」
「そもそも結婚以前に付き合ってすらいないからね? レスもへったくれもないからね?」
伊吹の膝から脱出し、床に座りなおした僕はしょんぼりとした伊吹に突っ込む。
「……ウインウインだと思ったんだけどなあ……」
「え? 何が?」
「……悠乃くんは好きなおっぱいを触れる。私は悠乃くんに触ってもらえることで大きくなれる。……好きな人に触られると、大きくなるって言うじゃないですか」
……う、うん。しばしば聞くねその言説。わかるよ? わかるけどさ……。
「別に……大きいほうが好きだなんて僕ひとことも言ってないし……」
「じゃっ、じゃあっ、小さいほうが好きなんですかっ?」
あの、身を乗り出して僕に近寄りながら嬉しそうに反応しないでください。
「……いや、そういうわけでも……」
「むう……どっちつかずの悠乃くんです」
そんなこと言われたって……どうしようもないじゃないですか。
「……はぁ。ひとまず耳かきも終わったので、私は一度部屋に戻りますね。晩ご飯、今日はどうするんですか? また私が作りましょうか?」
ひとつため息をつき、ポンポンと制服のスカートを叩いて立ち上がった伊吹は、玄関へと歩きながら首を後ろにひねってそう僕に尋ねた。
「え? いや、そこまでさせるの悪いし……自分でなんとかできるからいいよ」
「……悠乃くん。思いませんか? ひとり分とひとり分の晩ご飯を作るより、ふたり分の晩ご飯を作ったほうが、食費が安上がりになるって」
ほんの五分前までは、僕を組み敷いて蕩けた表情を見せていたはずの伊吹が、今は真面目に家庭的なことを言い出しているのだから、ギャップが激しい。……いや、根は真面目だからさ。伊吹。
「……それは、まあ、そうだけど……」
「それなら、一緒に食べない理由はないと思いませんか?」
「は、はい……その通りだと思います」
「でしたら、今日も私が作ってあげますねっ。いい時間になったら、また晩ご飯作りに来るので、待っててくださいっ」
伊吹はそう言うと、上機嫌そうに鼻歌を奏でながら、ローファーを履いて僕の家を後にした。
「……なんか、寝起きすぐのはずなのにどっと疲れた気がするよ……」
伊吹がいなくなったのを確認して、僕はよろよろとベッドに倒れ込む。……この間のキスといい、今日に関しては身体まで伊吹は許そうとした。……っていうか、多分僕がその気になってしまえば何でもしかねないぞ、あの幼馴染。
……強く生きよう。そう決意を固めつつ、玄関の鍵を閉めることも忘れた僕は、再びベッドの底へと意識を沈めていった。
次に目を覚ましたのは、トントントン、という包丁がまな板を叩く音でだった。
「……んんん?」
ゆっくりと上半身を起こすと、キッチンにエプロン姿をした伊吹が、冷蔵庫の前に買いものしてきた食材の入ったマイバックを置いて料理をしているのがわかった。
「あ、悠乃くん起きました? もう悠乃くんってば、鍵ちゃんと閉めないと危ないですよ?」
シンプルな長袖のトップスに、動きやすいハーフパンツの伊吹は、目線こそ手元から離さないものの、僕に意識を少しだけ傾けては苦笑いをする。
「ご、ごめん、休みだとやることなくて……一日中寝ちゃうこともあるんだよね」
「でも、そのおかげで私も悠乃くんの家の前で待ちぼうけすることもなかったので、結果オーライですね」
「そ、それもそうかもね……ははは。あ、な、何か手伝おうか……? 伊吹」
僕はベッドを降りて、キッチンで料理を続けている伊吹に近寄ってはそう聞いてみる。
「でしたら、メロンが安くて買っちゃったので、切ってもらってもいいですか? 冷蔵庫にしまっているので」
「オーケー、了解……」
伊吹に言われ、冷蔵庫の扉を開けてメロンを取り出そうとすると、僕は他に入っているもののラインナップに思わず口をあんぐりと開けてしまう。
……山芋、オクラ、アサリなどなど、一般的に精がつくと言われている食材がずらりと並んでいる。
「……いっ、伊吹? こっ、これは……」
「えっ? 今日の晩ご飯の材料ですけど、どうかしましたか? 悠乃くん、好き嫌い多かったでしたっけ」
「いっ、いやっ……そんなことはないけど」
「よかったです。なら、問題ないですね。待ってくださいね、すぐ晩ご飯作っちゃうので……。料理も色々頑張ったんです、悠乃くんの胃袋を掴むためにも……」
……いい子なんだ、素で僕を喜ばせようとしてはくれているんだ、そういう意味では真面目な子なんだ、でも……。
……またひとつ、僕の覚悟の段階が強くなった気がした。
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