第51話 ある日いきなり何かの間違いで通帳に十万円記帳されてたりしないかなー

 さて、その後のゴールデンウィークがどうなったかと言うと。

 僕は一日中ベッドの上でゴロゴロしながら漫画や小説を読み、伊吹はたまに僕の机を借りて課題をやったりしていたけど、基本的に僕のテレビで動画配信のプラットフォームを使って映画やドラマを見たりと、まあインドアな休日を過ごしていた。なんだったら、


「あ、悠乃くん、昨日家でクッキー焼いてきたんですけど、食べませんか?」

 伊吹のほうが自宅でダラダラするためにもてなし始めるので、外に出る気も失せてしまったという。


 もぐもぐと伊吹が作った普通に美味しいクッキーを貪りながら、電子の漫画を読みふけり、たまに横目で伊吹が見ている映画を見たりと、ゴールデンウィーク版寝正月をこれでもかと満喫した。


 そんなふうにゴールデンウィークが過ぎていき、休み明け。大体この時期を過ぎると、一年生が授業はある程度サボってもいいものだと思うようになり(なってしまい)、教室にいる学生の数が減ってくる。


 僕の受ける授業もその御多分に漏れることはなく、四月の段階では教室の八割くらいが埋まっていたのに、今では五割くらいまでになっていた。ただ、


「やっぱり、この時期になると教室空いてくるよねー」

 わざわざ他学部の授業を履修しに来ている真面目な学生を絵に描いた稲穂さんは、サボるという概念が存在するはずもなく、今日も例によって僕の隣できっちりとノートを取りながらそう話しかけてきた。


「ま、まあ……通過儀礼と言うか」

「実際、話つまらない授業は寝るだけだもんねー。わたしもそういう単位当たると眠気との勝負になっちゃうし、それなら遊びに行ったほうがよほどマシってなるのもわからなくもないよ」

「……稲穂さんもそういう発想になるんですね、なんていうか、意外というか」


 僕がノートを取る手を止めて、稲穂さんに視線を向けると、先輩はそれでもシャーペンを動かしたままへにゃりと破顔させては、


「わたしだって普通の人間だよー? 面倒くさいことはやりたくないし面白くない話は聞きたくないよー」

 肩をすくめそう呟いた。


「まあ、そういう逃げができない立場なのがわたしなんだけどね」

 最後に、そう付け加えて。


「あーあ……ある日いきなり何かの間違いで通帳に十万円記帳されてたりしないかなー」

 ……先輩、夢見るレベルが妙に現実的で辛すぎます。そこは百万とか一千万とか、はたまた五千兆円とかにしておきましょうよ……。


「はぁ……なんてことを石原くんに言ってもしょうがないのにね」

「……な、なんていうか……その、つ、月並みですが、頑張ってください」

「……そういえば、そろそろ給料日だから、この間立て替えてくれたお金、返すから、もうちょっとだけ待ってね」


「べ、別に稲穂さんの都合がいいときで全然いいですよ」

「ううん、借金と借りは熱いうちに返せがウチの家訓なんだ」

 ……なんだろう、鉄は熱いうちに叩けが語源なんだろうけど。


「そ、それならまあ、別に……」

「──では、次のスライドに行きます」

「うわっ、やばっ、ノート取る前に次のところ……あちゃー……」

 などと、雑談にふけっているうちに、授業はそこそこに進行してしまい、パワポのスライド一枚分のノートが消えてしまった。


「石原くん、わたしのノート写す?」

「……話しながらノート取れるの、凄いですね」

「え? そうかな」



 と、まあなんてことない一日を過ごして家に帰ると、

「……悠乃くん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 こちらは全然なんてことなくない様子の伊吹が、部屋に正座して待機していた。


「……な、何かあった?」

 伊吹は頬に風船を貯めてから。テーブルに置いてあった一枚の葉書を手にして、


「……このクレジットカードの明細、目に入ったんですけど……ひとつだけ、よくわからないものがあって」

 ……なるほど、僕にとっての爆弾とも言える店名が書かれた列を指さした。それは、


「……なんで、悠乃くんのクレジットカードの明細に、ランジェリーショップの名前が入っているんですか?」

 稲穂さんの下着代を立て替えた、唯一と言っていい証拠なのだから。


 ……迂闊だった。明細確認したらすぐどこかにしまうべきだった。机の上に放置って……あああ……。

「それにこの日付、どういうことなんですか?」

 ……こんな長いスパンかけてフラグ回収しなくていいよお……とほほ……。

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