第80話 こんな凶暴なものをぶら下げている人の隣にいたら、否応でも比較されちゃうじゃないですか

 乗り換えてからしばらく経つと、東海道線の乗り入れるちょっと大きな駅に到着。RPGみたいな要領で連なって二度目の乗り換えをする。

 東海道線はさすがに平日昼と言えど、多くの乗客でひしめきあっていて、僕ら三人はロングシートの前に並んで立っていたのだけど、


「んんんん」

 小さく悲鳴をあげながら背伸びをしてつり革につかまろうとする稲穂さんのそれは、まさに小学生のそれで、僕や伊吹だけでなく、周りの人からのどこか温かい目で見られていたような、気がする。


 そんなこんなでたどり着いた目的のプール。


「……なんか、電車乗っていただけなのにちょっぴり疲れちゃった気がするよ……わたし」

 受付で入場料を払う間、稲穂さんはそんなことを口にする。


 ……そりゃあ、背伸びしながら電車に乗っていたら、体力使いますよね……って言ったら拗ねるんだろうなあ稲穂さん。


 伊吹も同じことを考えていたみたいで、僕とまじまじと顔を見合わせてから、察し合ったかのように首を縦に振ってから財布にある千円札を一枚取り出した。


「じゃ、じゃあ、入場料は僕がまとめて払っちゃうので、ふたりは先に行って着替えちゃっててください。僕も後から追いつくので」

「はーい」「わかりましたー」


 まあ、女性のほうが何かと支度に時間もかかるだろうから、こうするのが正着ってところだろう。

 僕は受付で三人分のお金を支払って、ふたりの後を追うようにプールへと足を踏み入れた。


 とは言うものの、野郎の着替えなんざ服脱いで水着履くのツーステップで終わってしまうので、当然かもしれないけど伊吹や稲穂さんよりも先に更衣室を出たところにある広場に出た。……日焼けとかも気にする相手がいないからね、僕の場合。


「……今頃、伊吹は稲穂さんに嫉妬をしている頃だろうか」

 照りつける日差しの下、ふたりを待つこと数十分。


「すみません、やっぱり悠乃くんのほうがはやかったですね」「石原くんお待たせしましたー」

 そろそろ僕の足元に流れた汗の染みが大きくなるんじゃないかと思った頃に、ふたりの声が聞こえてきた。


 僕が声のほうに視線をやると、悲しいかな、まず真っ先にスイカふたつが視線に入ってしまう。……いや、好み云々は置いておいてそこにあったら目は行ってしまうのが本能って奴でして。


「…………」


 そして、稲穂さんが選んだ水着自体は把握していたのだけど、知っているのと、実際に着ているのを見るのは訳が違う。


 伊吹が結局選ばなかったタイプの、ちょっと大人っぽいセパレート型の空色の水着。およそ身長とは不釣り合いのそれが、これでもかと主張をしているその様は、そら大学の男子も「うらやまけしからん」とか言うわけでして。


 大きな胸元に視線が行きがちだけど、稲穂さんの柔肌をここまで見ることも初めてだったので、色々と色々(何が)。


 さて、そんな稲穂さんから視線を横にずらすと、

「……あれ? 上着?」

 水着の上から夏用のパーカーを伊吹は羽織っていた。


「……うう、だって、こんな凶暴なものをぶら下げている人の隣にいたら、否応でも比較されちゃうじゃないですか」

 ……予想の斜め上の拗ねかたをしていた。


「ぶっ、ぶら下げてるって」

「……持つものは持たざるものの気持ちがわからないんですよ」

 実際のところ、僕が選んだ水着は着ているみたいで、パーカーが隠しきれていない、水着の下の部分から確認はできる。


「ま、まあ、べ、別に無理してパーカー脱ぐこともないし、と、とりあえず場所だけ取っちゃおう?」

 広場の前でグダグダやっていると、何気に目立つし。さっきから道行く人(主に男)からの視線がチラホラと感じるし。


 そんな視線から逃れるように移動をし、空いている芝生の上に持ってきたビニールシートを敷く。荷物もそこにセットして、プール内でも拠点づくりはひとまず終わり。


 さ、あとは好きに遊んでくださいな、と言おうと思ったとき、伊吹が何やらカバンをごそごそとし始めたかと思えば、

「あ、悠乃くん。言っていた通り、背中に日焼け止めお願いしてもいいですか?」

 ボトルをひとつ手に取って、僕に差し出した。


「……ほ、ほんとに僕が塗るの……?」

「はい。言ったじゃないですかっ」

 い、いや、……言ったは言ってたけどさ……。

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