第79話 右から悪く言えば、貧乏、引きこもり、ぼっちと連なっております。

 朝の準備もほどほどに、稲穂さんとの待ち合わせもあるので僕らふたりは出発した。


 家の最寄り駅に到着すると、もう既に稲穂さんは到着していたみたいで、僕らの姿を見つけるなり大きく手を振ってみせた。


「おはようー、ふたりとも」

「おはようございますー。暑いですね、今日」

「……おはようございます」

 つくづく嫌そうなリアクションだな伊吹。声に出ているよ、声に。


 さて、清楚系白のワンピースと夏満載のチョイスをした伊吹に対して、稲穂さんは膝丈までのデニムにシンプルな黒のTシャツと、これまたどこぞの夏フェスにひとりはいそうな格好だ。おまけにいつものリュックサックとなれば、尚更。


「うん、でも晴れてよかったねー。天気予報と相談した甲斐があったよー。明日からしばらく雨降るって言っているし、ギリギリだったかもね」


 ニッコニコの顔で話を続ける稲穂さんに対して、どこか無表情気味の伊吹は、クイクイと僕のワイシャツの裾を引っ張っては、


「そろそろ行きましょう? 電車、来るみたいですし」

 改札上の電光掲示板を指さして、そう促した。


「そ、そうだね、じゃ、じゃあ行こっか」

「うん、楽しみだなー、プール」


 三人続いて改札を通過しては、下り方面のホームに降りていく。伊吹の言った通り、割とすぐに快速電車がホームにやって来たので、そのまま乗りこんだ。


 平日の通勤ラッシュが過ぎた車内は閑散としていて、三人分の空いた座席もすぐに見つけることができた。伊吹、僕、稲穂さんの順に座り、ひとまず終点まで過ごすことになる。


「プールなんていつぶりだろう、全然行ってなかったから」

「僕も高校の授業以来かもしれないですね……」

「私もご無沙汰ですね」


 ……右から悪く言えば、貧乏、引きこもり、ぼっちと連なっております。この出かける、という概念が程遠過ぎる組み合わせ、ある意味奇跡かもしれない。


「いいなあ、石原くんの高校、授業にプールあったんだ」

「……いえ、僕の場合、なんていうかその……スキーが大嫌いでして」

「え? それとプールが何の関係があるの?」

「……地元の高校、体育にプールがあるか、スキーがあるかの二択なんです」


 で、圧倒的に多いのはスキーのある学校。私立とかになると、スキー遠足と称して二泊三日で山に泊まりで行くところもあるとかなんとか。

 滑ることができない僕からすれば、仮病をしてまでもサボりたいイベント堂々の第一位を飾る。


「なんで、別に泳ぐのが好きとか、そういうことでプールがある高校を選んだんじゃなくて、スキーを絶対にしたくないのでそっちを選んだっていうか」

「……石原くん、そんなにスキー駄目なの?」


「悠乃くんはスキーてんで駄目ですね。子供のときに家族で行ったことがあるんですけど、そのとき無傷で滑ったこと一度もなかったはずですね」

 ……そんなに得意そうに僕の恥ずかしいことを話さないでおくれよ伊吹。幼馴染の特権を活かしたいのはわかるけどさ……。


「それに、プールもプールで、別に女子と一緒に授業するわけでもないですし、ただ単に25メートルを好き勝手泳ぐだけなんで、そんなテンション上がるものでも」

 つまるところ、女子と同じプールで授業をするのはフィクションである、というのが僕の認識。


「へぇ、そういうものなんだねー」

 一旦話題が途切れたところで、僕は一度確認しておきたいことを聞いておく。


「稲穂さん、今日もバイトって言ってましたけど、何時くらいにプールを出れば間に合うんですか?」

「えっとね、今日も遅番だから、五時くらいに出れば余裕を持ってバイトに行けるかなー」


「五時ですね。……ってなると、晩ご飯を一緒に食べるのは時間的にさすがに厳しそうですね」

「ううんっ、全然。むしろ、プール行くお金でいっぱいいっぱいだったから。晩ご飯はバイト先のまかないでどうにかするつもり。あ、ご飯と言えば、お昼ご飯は……」


「あ、それなら伊吹がお弁当を作ってきてくれたので、その心配は大丈夫ですよ」

「えっ、ほ、本当に? ま、松江さん、ありがとう」


「……べ、別に、悠乃くんのためのついでなので。ふたり分も三人分もそんなに変わらないですし」

 ……なんかツンデレくさい台詞回しだけど、まあ置いておこう。


 そんな雑談をしているうちに電車は終点に到着。そのまま真っすぐ今度はJR線に乗り換え。

 さっきのより幾分かローカルみがある電車は、やっぱり空いていて、同じ順番にロングシートの座席に腰を下ろす。


 二十分に一本の電車がドアを閉めると、ゆっくりと動き始め、僕らを神奈川県の海沿いへと連れて行きはじめた。

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