第81話 悠乃くんと遊ぶ時間以上に貴重な品はないので大丈夫ですっ

 はた、と僕は言われて気づいたけど、伊吹が選んだ水着はワンピースタイプ。ビキニみたいに背中が開いているわけではないので、そんなに日焼け止めを塗る場所はないんじゃないかとも思ったけど……。


 これ、多分漫画の影響を受けているな……。

 プールか海での鉄板過ぎるイベントだし、大抵そういうことお願いするヒロインキャラはビキニ着ているし。


 ……なんか可愛い勘違いをしている説はある。


 隣にいる稲穂さんは稲穂さんで、そもそも日焼け止めを塗る、という概念がすっぽり頭から抜け落ちていたみたいで、「はわわわ」と口元に手を当てておろおろしている。


「……わ、わかったよ、わかったから。でも背中は塗れないから足とかね」

「あっ。っっっっ」


 そうして、僕はビニールシートの上にうつ伏せに横になった伊吹の足に、日焼け止めを塗り始めたわけなんだけど。


 なんていうか、足は足で、別にいかがわしいビデオのせいなんかではないんだけど、変な雰囲気になってしまう。そんな、整体師(の格好をした男)が色々やっちゃういかがわしいビデオのせいなんかではないんだけど。大事なことなので二回言いました。


 伊吹の細いけどどこかぷにっとした質感のふくらはぎだったり、スベスベとした肌触りの足先だったりにムラのないように塗っていく。

 は、よかったのだけど、途中で僕はその手を止めてしまった。


「? どうかしたんですか? 悠乃くん」

「え? あっ、いや……」


 都合、膝より下の部分には塗り終わったのだけど、そこより上に手を伸ばしていいのか困ってしまった。そこから上は、太もも、もっと上になると、ちょうど水着と露出している肌の境界線あたりになる、鼠径部とぶつかるわけで。

 ……そこは、割とまじで触っていいか悩む。


「太もものところがまだなんで、塗っちゃっていいですよ、悠乃くん」

 だって、すぐ近くには、女の子が女の子たる所以の女の子の場所があるわけで。


「う、うん……」

 しかし、伊吹は気にしないといった様子で、そのまま僕に続けるよう言うものだから、仕方なく太ももの部分に移る。が、


「んんっ」

 それと同時に伊吹が聞いたこともないようなちょっと艶めかしい声を漏らす。


「す、すみません、ちょっとそこらへん塗られるの気持ちよくて……あはは……」

 おかげで尚更こっちがいかがわしいことしている感じになってしまった。


 いや、もう限界ですって。交際経験なしの二十歳の童貞には刺激が強すぎる。


 いち早くこの状況から抜け出すために、僕は心を無にして日焼け止めをせっせと塗りたくっていった。途中、何度か伊吹の喘ぎ……げふんげふん、甘い声が漏れた気がするけど、僕は何も聞いていない。


「は、はい……じゃあ、これで終わりね」

「はーい、ありがとうございます、悠乃くん」

 ようやくひと息つき、僕は荷物から持ってきた文庫本を取り出しては、


「それじゃあ、荷物は僕が見ているので、ふたりで遊んできていいですよ」

 伊吹と稲穂さんのふたりにそう告げた。


「「へ?」」


 すると、僕の言葉が予想外だったのか、揃いも揃って呆けた声をあげる。

「いや、色々貴重品とか入っているだろうし、誰か荷物番しないといけないでしょ?」


「そっ、それはそうですけどっ」

「僕はここでのんびり日向ぼっこしながら本を読んでるから」

「い、石原くんは遊ばなくていいの?」


「大丈夫ですよ。普段から僕はちょくちょく気分転換で遊んでいるので。稲穂さんのほうこそ、いつも勉強にバイトで気の休まる暇もないでしょうし、今くらい気にせず遊んじゃってください」

「う、うう……た、確かにそうなんだけど……」


 残念そうにする稲穂さんを視界の端に、僕はそれいざと手にした本を読み始めたのだけど、瞬間、ひょいとその本を伊吹に取り上げられてしまう。


「えっ、あ、い、伊吹?」

 いきなりのことに驚き見上げると、花が咲いたように満面の笑みを浮かべている伊吹が、


「さ、悠乃くんも遊びに行きましょう?」

 僕の手を引いてプールに連れ出そうとする。


「でっ、でも貴重品……」

「悠乃くんと遊ぶ時間以上に貴重な品はないので大丈夫ですっ」

 何その論理。物凄くて何も言い返せないんですけど。


「スマホとか財布は全部コインロッカーに預けちゃえば平気です、さっ、はやくはやくっ」

「あっ、あっ、ちょっ──」


 結局、伊吹に押し負けた僕は、コインロッカーに財布とスマホを預けることになった。

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