第82話 いついかなるときでも悠乃くんに満足してもらえる準備はできてますっ

 さて、伊吹に押される形で、本当は荷物番をするつもりだった僕も、みんなとプールで遊ぶことになったのだけど、


「えいっ、くらえ、この忌まわしきおっぱいめ」

「う、うう……松江さんがそう来るなら、こっちだってっ!」

「……あのー、さっきの格好いい台詞に一瞬でもキュンとした僕の気持ちを返してくれません?」


 いつの間にか用意していた水鉄砲で、伊吹と稲穂さんは撃ち合いを始めてしまった。僕抜きで。見ての通り、伊吹は私怨モリモリで。


 いや、わりかしこれなら僕はプールサイドで本を読んでいてもさして変わらなかったのでは……。ただ、そう思って僕がプールから離れようとすると、


「駄目ですよっ、悠乃くんも遊ぶんですっ」

「いたっ」

 と、伊吹から容赦なくヘッドショットを浴びせられる始末。……どうしろって言うんですかい。


「……わ、わかった、わかったから……」

 その後も、伊吹の恨み交じりの銃撃と、それをなんとかかわして反撃に移ろうとする稲穂さんのやり合いを間に挟まれて眺めていたのだけど。


 この光景、色々目に毒というか、なんというか。

 まず稲穂さん。水鉄砲をよけようとして身体を上下左右に激しく動かすものだから、


「……揺れているんだよなあ、思いっきり」

 地殻変動でも起きているのかと言いたくなるくらい、揺れている。

 普段運動するところなんて見ないし、ましてや今日は水着だし。


「むうううう、そんなに揺らさなくてもいいじゃないですかっ」

 勿論、それで伊吹も気づいているから、尚更銃撃が激しくなって、稲穂さんの回避も多くなって、それで揺れも激しくなるという負のスパイラル。


 では、反対に伊吹のほうは何もないかと言われると、実はそういうわけではない。

 稲穂さんと(胸の大きさを)比較されるのを嫌って水着の上からパーカーを羽織っているのだけど、それは銃撃戦の今も同じ。


 となると、何が起きるというと、

「ひゃっ! ちべたいっ!」

 身体のラインがモロに見えるわけなんです。パーカーが水に濡れることでピッタリ張り付いて、彼女の華奢な身体をそれはまた別のアングルから露わにさせるというか。


 ほら、なんかあるじゃないですか、見えそうで見えないほうがいいとか、そういうちょっとよくわからない男の美学って。今の伊吹はまさにその状態で、僕の視界には彼女の細い身体のラインと、まったいらとまではいかないまでもなだらかに弧を描いた僅かな膨らみが映っているわけでして。


 要するに、

「……ふたりとも僕を生殺しにするつもりですか」

 これ以上は僕の胃がもつ気がしなかったので、ふたりに思い切り文字通り水を差すことで、停戦を促した。


「……もう正午回ってますし、お昼にしませんか? あんまり遅くなりすぎるとせっかく作ってくれたお弁当も駄目になっちゃうかもしれませんし」

「そっ、それもそうだねっ。うん、ご飯は大事にしないと」

「私はまだ胡麻さんに満足いくほど攻撃できてないんですが、まあ……おふたりがそう言うなら」


 ……どれくらい攻めれば気が済むんだ。


「そういえば、悠乃くん、さっきから体の半分だけ水に浸かって、どうかしたんですか? ここプールですよ? 温泉じゃなくて」

 あと数分で収まるからもうちょっと待ってください。


 一度プールから上がり、拠点に戻る。濡れた体をタオルで拭き、ビニールシートの上に伊吹が朝から用意してくれたお弁当を広げると、

「わぁ……美味しそう……!」

 まず真っ先に稲穂さんが感嘆の声をあげる。


 三段に積まれた弁当箱には、おにぎり、唐揚げやポテト、タコさんウィンナーなどといった定番のおかずに、サラダとにフルーツが入ったものに綺麗に分けられていた。


「……相変わらずというか、この手の仕事はほんときっちりしているね」

「ふふん。伊達に悠乃くんのための花嫁修業はしてませんからっ。いついかなるときでも悠乃くんに満足してもらえる準備はできてますっ」


「……あはは、それはありがたいことで」

「今は悠乃くん、大学生なのでお弁当必要ないかもしれませんけど、そのうち就職したりでお弁当が必要になったら、毎日作ってあげますからね」


 伊吹的には、愛妻弁当って奴になるのだろうけど……。

 なんだろう、すっごく美味しいんだろうけど、何故か不安になるんだ、僕。


「うう……やっぱり美味しいのに、すっごく負けた気分だよう……」

 稲穂さんは稲穂さんで、複雑そうな感想を漏らしていた。

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