第29話 あれって、合法ロリ巨乳で有名な法学部の三年の──ゴマちゃん先輩
結局、伊吹にはゼミの飲み会なんだ、という誘われたこともないイベントをでっち上げて稲穂さんとの約束に行くことにした。……悲しくなんてない、寂しくなんてないよ。
そうして迎えた月曜日。四限の授業が終わるなり、僕はそそくさと荷物をまとめて大教室を後にした。同じ駅へと向かう学生たちからは「これからカラオケ行かね?」「飲みいこーぜ、駅前のウシキゾクの食べホ、学割効くんだ」などといった、声が聞こえてくる。
そんな会話を横にしつつ、僕は待ち合わせ場所の駅改札口に歩いていく。キャンパスからすぐのところにある私鉄駅の改札口には、こんな隙間時間にもハンディサイズの参考書に目を通している稲穂さんの姿が。
声を掛ける前に、稲穂さんは僕の到着に気づいたみたいで、
「あっ、石原くーん。こっちこっち」
手にしていた本をパタンと閉じては、無邪気に笑顔を零しながら右手を振っている。周りのことなんて気にせずに朗らかな調子で呼びかけるものだから、近くを歩いていた人たちからの注意も引いてしまう。なんだったら、
「……あれって、合法ロリ巨乳で有名な法学部の三年の」「ゴマちゃん先輩」「でも、ガードが堅いって専ら噂に」「あんなに子供っぽいのに、そのギャップが堪らん」「……いいなあ、あの人の彼氏になったら、あのたわわな胸の間で挟──」
「んんっ、お待たせしましたー」
……絶対、何人かの男子学生の妄想の被害に遭っているだろうなって、思いながら、先輩の横へと歩み寄る。
「ぜんぜんだよ、図書館で勉強してたし」
稲穂さんは、持っていた本をリュックサックにしまい込む。その際、噂のたわわがゆらゆらと揺れるものだから、一瞬目線のやり場に困ってしまう。
「ん? どうかした石原くん、顔赤くして目逸らして」
そんな僕の様子に気づいた稲穂さんは、ひょこりと小さな体を屈ませては、わざとらしく下から僕の顔を見上げてくる。……これを素でやってのけるから、この先輩はずるいと思う。意図してやってるなら、あざといとか言って逃げられるのだけど。
「いっ、いえ、全然」
「そっか、じゃあ、早速映画館行こっかっ」
稲穂さんは、シンプルな黄色一色に、裾の部分にフリルがついているTシャツに、これまたシンプルなパーカーを合わせて、ジーパンという組み合わせ。
……まあ、普段ファッションに無頓着な僕が言うのもあれだけど、
改札機にカードをタッチして通過して、向かうは僕の家の最寄り駅。決して家に連れ込んで映画を見るとかそういうことではなく、最寄り駅に映画館があるので。
まあ、これで稲穂さんも定期の範囲内で行動できるから、交通費がかからない。何気に交通費って、塵も積もれば山となるし。
「ふんふんふ~♪ 映画なんて見るのいつぶりだろうなあ」
電車の乗る間、稲穂さんはドア脇の手すりにつかまりながら上機嫌に鼻歌を奏でる。……最初はつり革につかまろうとしたけど、二回ほどアタックして届かず、諦めたのはそっと記憶の片隅にとどめておこうと思う。
「そんなに久し振りなんですか?」
「んー、高校一年生のとき、妹と弟を連れてアニメ見に行った以来かなあ」
「結構ブランク空いてますね」
「そのときも、トイレ行きたいとかポップコーン食べたいとかで面倒見るのが大変で、全然映画の中身に集中できなかったから、実質ノーカウントみたいなところはあるけどねー」
……なんだろう、なんか微笑ましい光景に思えるのは気のせいだろうか。
「あっ、石原くんはひとりでトイレ行けるだろうから、わたしは面倒見ないからね?」
「……色々意味深になるので大丈夫ですよ」
話しているうちに、電車はいつもの見慣れた風景になっており、僕と稲穂さんは揃って電車を降りた。四限終わりの時間は、この季節だともう陽も沈んでしまっており、街灯が駅前通りを白く照らしていた。そんな夜道を歩いては、駅から歩いてちょっとのところにある映画館に入る。
前売り券を利用して見ることになるので、稲穂さんは有人のカウンターでチケットを引き換えては、きっちり隣りあわせの座席を確保していた。
「ちなみに、何を見るんですか……? って」
僕は、稲穂さんが大事そうに掴んでいるチケットの券面を覗き込んで、タイトルを確認しようとすると、そこには、
こてこての少女漫画原作の恋愛映画の名前が記されていた。
「友達が面白いよーって言ってたんだ、これ」
「へ、へえ……そうなんですね」
……この漫画、アプリで無料で何話か読めたから、その際にチラッと読んだ記憶があるのだけど。……確か、少女漫画によくある、なかなかに濃ゆい場面があったようななかったような……。
……大丈夫、大丈夫さ。お互いいい大人だし、今更そういうシーン一緒に見て気まずくなるってことも、ない……はずだよね?
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