第99話 私としても、悠乃くんには笑っていて欲しいので。

「……どうだろうね」

「まあ、胡麻さんが勝手に悠乃くんから離れてくれるんだったら、私としては安心安全なんで全然いいんですけどね。なので、これは私のお節介というか、自己満足です」

「…………」


「私としても、悠乃くんには笑っていて欲しいので。でも、どうしても胡麻さんがいいって言うのなら、私はもう気にしません。ブロックするなり手紙を破り捨てるなりすればいいと思います」

 では、と言うと松江さんはペコリと頭を下げて、スタスタと石原くんのいるファミレスへと入っていった。


「……やっぱり幼馴染だからかなあ」

 なんとなく聞いた感じだと、親より関わりが深い仲に思えるし、だからこそ付き合う飛び越して結婚とかどうって話が親公認で出てくるんだろうし。


「……石原くんに、似るものなのかなあ」

 テーブルで項垂れる石原くんの目の前にすっと座っては、何事もなかったように注文をする松江さん。石原くんは石原くんで、いきなりの彼女の登場に目を丸くさせている。


「……わたしと違って、強いよ、松江さんは」

 どこか遠い目でそんなふたりの様子を眺めながら、再び駅のほうへと歩き出した。


 あ、そうそう松江さん。言わなかったけど、ひとつだけアドバイスというか、わたしからのお節介。

 来年から結婚できる年齢が男女ともに十八歳になるけど、民法が変わる段階で十六歳の女の子は、親の同意さえあればちゃんと結婚できるから、焦る必要はないよ。


「……なんて、言ったら石原くんを困らせるだけだから、言うわけないんだけどね」


 〇


 あれから、どれくらいの月日が経っただろう。どこかなし崩し的に始まった僕らの関係は、されどラベルが変わったくらいでやることは大して変化するはずもなく。

 通い妻的にご飯を作りに来ては、僕の家でダラダラ過ごし、休みの日にふたりの気分が向けばお出かけをし、そうでなければ漫画を読んだり、映画を見たり。そんな日々だった。


 稲穂さんとは会う機会ががっつり減ったのだけど、伊吹が半強制的に月一の飲み会を稲穂さんの家で開催させたものだから、全く会わなくなったわけでもない。ただ、大学院に進学する稲穂さんはますます勉強が忙しくなった、というのもあり、本当に顔を合わせるのはそれくらいになってしまった。


 ちなみに、あの年の末に一度帰省した際に、色々と伊吹と僕の親に話したら「やっぱそっか」という反応で、なるほどこれじゃ僕の署名待ちの婚姻届が何枚も出来上がるわけだ。


 と、まあそういった感じの関係を、伊吹が高校に通う三年間、つまるところ僕が大学を卒業するまで続けた。


 無事、東京都内にオフィスがあるとある会社で働くことになった僕は、今まで住んでいたアパートを引き払って会社に近いところに引っ越すことにしたのだけど、


「どうせ引っ越すんでしたら春から一緒に住みませんか? あとついでにここに名前書いてください。書いてくれたら悠乃くんの言う通り大学には通いますっ」


 当然、離れ離れになることなど伊吹が許すわけも、僕ができるはずもなく、あと伊吹にもせめて大学は出たほうがいいという説得も絡んで、

 二十二歳会社員と十八歳大学生というできちゃった婚にしか見えない婚姻が成立した。


 ただ、貯金も何も僕らにはまったくもってなかったので、結婚式を行う余裕はさすがになく、伊吹も別にどうしてもしたい、というわけでもなかったので、後回しにすることにした。あと、この時期、稲穂さんが本当に勉強で忙しい時期だったから、約束を果たすためにも、僕はそうすることにした。


 それから数年後。伊吹が大学を卒業する頃には、色々と余裕も出て来たので、先送りしていた結婚式をやろう、ということになった。


 ふたりでああだこうだ言いながら話を詰め、それぞれの知り合いに(といっても、お互いぼっち気質なのはここでは触れてはいけない)ハガキを送る。少しずつ、出欠の返信がチラホラと届いてきたけど。


「あっ、悠乃くん悠乃くんっ、来ましたよ、返事っ」

「……ほんとに? 稲穂さん、なんだって?」

「お仕事で忙しいみたいですけど、この日は空ける予定だって書いてます」


「……そっか、それならよかった」

「あ、あと、離婚調停は専門外だけど相談があればいつでも受け付けます、ですって」


 ……ちゃっかりしているなあ。勤務している事務所の連絡先も記載しているし。


「私たちには関係ないですね。出欠だけ受け取ってハガキはシュレッダーかけちゃっていいですよね? 悠乃くん」

「……さすがに失礼すぎるからハガキは取っておこうね」

「悠乃くんがそう言うなら……仕方ないですね」


 みんながみんな、一番望んだ未来予想図通りになったかと聞かれれば、自信を持って頷くことはできない。けど。


 ……これはこれで、ひとつの形なのかなあって、思ったりもしている。

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