第41話 自分で言って悲しくなるけどそんな高いお買い物じゃなかったからっ
「え、えっと……こ、これは」
水色の包装紙に白の紐で結ばれたプレゼントを開封すると、中身は青・白・茶の三色がちりばめられている布製のブックカバーが。
「ほっ、ほらっ? 結構石原くんいっつも本読んでいるから、いいかなあって思って」
僕がブックカバーと稲穂さんの顔を交互に見やると、往復するたびに稲穂さんの顔が少しずつ赤くなっているような、そんな気が。
「……ど、どう? かな」
「──いくらしました?」
「ちょっ、いっ、いいって、誕生日プレゼントなんだからっ、自分で言って悲しくなるけどそんな高いお買い物じゃなかったからっ」
感想よりも先に財布に手が伸びてしまった僕を慌てて止める先輩。いや、無粋だとわかっていてもそうしたくなる。
「わ、わかりました。そういうことなら、ありがたく頂戴します。凄く嬉しいです、大切に使いますね」
……電子に切り替え気味だったけど、紙の本もちょっとずつ買ってこうかな……。
僕の言葉に僅かに表情を綻ばせた稲穂さんは、さらにリュックサックからコンビニのレジ袋を取り出すと、
「あっ、あとっ、二十歳になったことだし、の、飲まない?」
お酒と書かれた缶をおもむろに置いては、僕に提案してきた。
今度こそ、僕の財布の出番かもしれない。心の片隅で、そう考えた。
「まだお昼だけど、石原くん今日は外出しないんだよね? それだったら、たまには明るい時間からお酒飲むのもいいかなーって。あはは」
「あー、まあ……それもいいかもですね」
伊吹がいるところでお酒あまり飲みたくないし。誤飲とか僕が酔いつぶれてしまったときにあれやこれやされてしまうかもしれないし。
「……ポテチしかつまめるものないですけどいいですか?」
「全然っ」
……後で、お酒のお金だけでもそっとお返ししておこう。缶チューハイ五本くらい並んでるけど、千円くらい溶けているんだろうなあって思うと、なんか申し訳なくなってくる。
「じゃあ、石原くんもお酒飲めるようになったことだし、かんぱーい」
「か、かんぱーい」
まだ昼下がりの明るい時間、なんだったら外から子供の元気な声が飛び交うまであるときに、僕と稲穂さんはテーブルを囲んでささやかな宅飲みを始めていた。
グラスに注がれた度数五パーセントのチューハイをひとくち含むと、口の中にはおよそ炭酸飲料に近い刺激と、ぶどうの甘い味が広がっていく。
「どう? どう? 人生初めてのお酒は」
お酒を呷る僕に、どこか期待交じりの目線を向ける稲穂さん。
「噂には聞いていた通り、ほとんどジュースと変わらないんですね。ちょっとだけアルコール入っているのはわかりますけど」
おかげで、体の芯が微妙に温かくなっているのを感じている。
「うんうん、このチューハイはかなり優しい部類だからね。お酒弱いわたしはこれくらいがちょうどいいかなーって。もうちょっと強い七パーセントだと、結構変わってくるし」
「そういうものなんですね」
人生の先輩のお話を聞きながら、家にあったうすしおのポテチをひとつふたつ頬張る。
普通に美味しいからどんどん飲めちゃうな。なるほど、稲穂さんが居酒屋で気分よくお酒を飲み進めてしまう理由がなんとなくわかった。
これはなかなか止まれないわ。どこか心にブレーキ握っておかないと、酔っ払うまで飲んでしまうのも理解はできる。
「くふふ、じゃあわたしも一杯くらい飲んじゃおうっかなー。バイト終わりに飲むお酒、なかなか格別なんだよねー、滅多にできないんだけど」
僕の飲みっぷりに満足したのか、稲穂さんも手にしていたグラスに口をつけ、か細くて積もりたての雪みたいに白い喉をゴクゴクと鳴らしては、チューハイを一気にグラス半分くらい飲み干す。
けど、お酒が絶望的に弱い稲穂さん、缶チューハイだとどれくらいで酔っちゃうのだろうか。一缶? それとも二缶? まあ、お昼だし、さすがにこの間みたくなるまでは飲まないと思っていたのだけど──
「……ほれでね? コンビニでお酒買おうとして年確されてね? 学生証らしたら二度見されちゃってえ……」
……僕は稲穂さんのお酒の弱さを舐めていたようだ。二缶目の半分に差し掛かったあたりで、語調が怪しくなってきていて、普段の飲み会で見覚えがある様子になってきていた。
「……あ、石原くん、ちょっとお手洗い借りてもいいかなあ」
でも、家のなかだし、いつもよりは気を張らなくていいかなと安心していると、トイレに行くために立ち上がった稲穂さんが、ふらついた足をテーブルの脚に引っかけて、
「きゃっ!」
男子学生が色々夢見てしまうたわわな身体が、僕が座っていた場所に向かって倒れ込んできてしまった。次の瞬間、僕の顔には──
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