第40話 ……よ、用事全部ずらしたし……今日は

 さて、それからはこれといった出来事は起きず、四月の末、三十日、僕は晴れて二十回目の誕生日を迎えた。


 これで、合法的にお酒も飲めるようになったわけだし、吸おうと思えばタバコも吸えるわけだ。まあ、タバコは高いし、本や漫画を買うお金を削るだろうから、手を出すつもりはない。


 部屋に色々タバコは染みついちゃうしね。

 朝起きてスマホをつけると、誕生日おめでとうのラインは両親と伊吹、あと稲穂さんの四人だけ。稲穂さんに至っては早朝五時に送ってきていた。


 ……さてはバイトの休憩中とかに送ったのかな……。

 ただ、その四人以外からは一切何も届いていないあたり、僕の交友関係が狭いことが突きつけられる。


 まあ、別に自分で狭くしているから、悲しくはなるけどそれほどダメージは入らない。

 今更友達が少ないことを嘆いても仕方がないので、僕はまだ半分閉じかけているまぶたをこすりながら、昨夜準備しておいたゴミ袋を外に出した。


 ポストから新聞・郵便物を回収して家に戻ろうとすると、隣の部屋から制服姿の伊吹と鉢合わせになった。


「あっ、おはようございます悠乃くん」

 僕を見つけるなり、目を細めて嬉しそうに口元を緩めた幼馴染は、ペコリと頭を下げる。


「あと、誕生日おめでとうございます」

「うん、ありがとう。今日、学校? 土曜日だけど」

「はい、なんか、土曜講習? みたいなのがあるみたいで、午前だけ学校なんです」


 あー、僕の高校にもあったわ、土曜講習。なんか知らないけど自称進学高によく聞くイメージ。……終業式の日も七時間授業とか気が狂っているとしか思えなかった。


 伊吹の高校もそれと同類なのだろうか、とちょっとだけ不憫に思いつつも、

「そうなんだ。いってらっしゃい」

 そう言って伊吹を送り出す。


「学校帰りにそのまま買い物していくので。今日はご馳走作っちゃいますね」

「オーケー、楽しみにしてる」

「それじゃあ行ってきます」

「はーい」


 右肩に提げるカバンと、制服のスカートを柔らかに揺らし、春の陽気漂う朝の街へと伊吹は駆け出していった。


 もう過ぎ去ってしまった高校生活にちょっとだけ寂寥を覚えたけど、すっかり大学生に染まってしまった僕は、せっかくの休日ということで、

「……もうちょっとだけ二度寝するか。ゴミ出しは済ませたし」

 およそ爽やかとは真逆の台詞を、口にしていた。


 春の温かな空気に絆され、ベッドの側面に背中を合わせて電子書籍を読みながらうとうととしていた僕は、ひとりごと通り、いつの間にか夢の世界に身を投じていたみたいで、再び目を覚ましたのは、インターホンの音が部屋に鳴り響いたときだった。


「おわっ……やば、よだれ」

 冴えない男オタクがよだれ垂らして寝落ちても何も需要ないから。慌ててティッシュで口元を拭った僕は、玄関の扉を開ける、するとそこには、


「こ、こんにちは。も、もしかして、まだ寝てた?」

 どこをどう斜めから見てもバイト帰りの稲穂さんが立っていた。


「……ま、まあそんなところです。二度寝してたところで」

「そ、そうなんだ、へえ……」

 斜め四十五度、目線を下ろす先に、いじらしそうに手先を遊ばせる稲穂さん。


「そ、その、お邪魔しても、いいかな?」

「いいですけど……バイト明けなんじゃ、それにこの後ご予定は……?」

「だ、大丈夫っ。今日はここから一日中暇だからっ」


 稲穂さんはそう言うと、背負っていたリュックを下ろしては、ぼそっと辛うじて聞こえるくらいの大きさで、

「……よ、用事全部ずらしたし……今日は」

 そう呟く。そんなことを言われてしまうと、部屋に上げないわけにはいかず、


「と、とりあえず、どうぞ。入ってください」

 目の前を開けて、中に通す意を伝えた。

「お、お邪魔しまーす。そういえば、松江さんは?」

「伊吹なら、土曜講習みたいで、午前中は学校みたいです」

「へ、へー、土曜講習なんだ……へー……」


 ……だ、大丈夫かな、伊吹、また不機嫌になったりしないかな……。

 いや、なるんだろうなあ。犬猿の仲だし、そうに違いない。今のうちに、どうやって機嫌を取るかだけ考えておこう。


 床にちょこんと座った稲穂さんは、置いたリュックから、何やらごそごそと漁りだして、

「あ、あのね、急ごしらえだったんだけど、こ、これ……」

 多分、プレゼントなのだろう、ラッピングされたものを差し出してきた。

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