第74話 夢だったんだよねー、子供の友達にご飯振舞うの
それからは、晩ご飯を食べる流れになったのだけど、そこは節約・倹約が通常運転となっている胡麻家。せっかくの東京旅行とはいえ、外で食べるなんてことをお父さんは言い出さず、
「それじゃあ、そろそろ晩ご飯作ろっか。台所借りてもいい?」
おもむろに立ち上がっては稲穂さんにそう言った。
「え? お父さんが作ってくれるの?」
「そりゃあ、まあ。いつも稲穂には我慢させてるからね。こういうときくらいご飯を作るのは親の役目ってものだよ」
「……でも、冷蔵庫のなか、あんまり残ってないけど」
「あー、大丈夫大丈夫。そんな大層なもの作るつもりはないから。せいぜいお米と適当な野菜があれば大丈夫──あ、石原くんも食べていきます? っていうか食べるよね?」
台所の冷蔵庫と野菜室を覗き込みながら、お父さんはふと僕に尋ねる。
「えっ? いやっ、それはさすがに申し訳ないというか、そ、そこまでお世話になるわけには」
「いいのいいの。夢だったんだよねー、子供の友達にご飯振舞うの。ほら、うちあれだから、子供も気遣って全然友達家に呼ばないし」
「あ、ああ……そ、そうなんですね」
「だからむしろいてくれるほうが嬉しいっていうか。それに、ほら? 娘が父親とふたりでご飯食べるの、普通嫌がるものだろ? だから石原くんにいてくれるほうが都合はいい」
なんていうか、稲穂さんから聞いていた通りの印象、のお父さんだなあ……。
確かに、こういう人だったら、稲穂さんのバイト先が潰れたときに真っ先に支援をしようとしたら、代わりに霞を食べそうだし、稲穂さんが手段を選ばずお金を稼ぐんじゃないかって心配もしそうだ。
つまりまあ、一言で言えば。
……愛されているなあ、稲穂さん。
「わ、わかりました。そういうことでしたら、ご一緒させていただきます」
結局、そのまま稲穂さんたちと一緒にご飯を食べることに。僕は一度ポケットからスマホを取り出すと、
松江 伊吹:寂しいですけどひとりで食べてますね
松江 伊吹:そういえば、そろそろ水着買いに行きたいんですけど
松江 伊吹:悠乃くんって明日空いてますか?
そんな伊吹からのラインの通知がロック画面に映っていた。
げ、そういえばそんな話もあったな……。でも、もう夏休み入っているから、基本的に僕はもう暇なんだよなあ。
暇なのに暇じゃないって言えば、家が隣同士だからほんとに暇じゃないようにしないといけないし、かといってそんなに僕、外で動き回れるほど多趣味でもないしアウトドアでもないし。それに、先送りにしたってそのうち伊吹の水着を選ばされるんだ。いつぞやの下着と同じように。
伊吹に「明日は暇だから大丈夫だよ」とだけ返すと、これまたトーク画面を開いて待機していたんじゃないかってくらい爆速で既読がつき、かと思えば、
松江 伊吹:わかりました、では明日でお願いします
松江 伊吹:スタンプを送信しました
可愛らしい子犬がお座りをして待つスタンプとともに、そんな言葉で一旦ラインのやり取りは一段落ついた。
ふと視線を台所に移すと、僕が伊吹とラインをしているうちに、稲穂さんとお父さんがふたりで仲良さげに晩ご飯を作る姿が目に入った。
……これ、さすがに何か手伝ったほうがいいんじゃないか、と一瞬思いもしたけど、
「……この間に入るのも野暮だったりするのかな」
久々の親子水入らずを邪魔するのもあれかと思い、浮かせかけた腰をそのまま沈めて、僕は晩ご飯が出来上がるのを待った。
しばらくして、炊飯器からご飯が炊きあがったことを知らせるメロディが鳴り響き、それと同時に大皿に乗った美味しそうな野菜炒めが段ボールのテーブルに差し出された。
「お待たせしましたー、我が家では定番のメニューの、玉ねぎをたっぷり使った野菜炒めですー」
お父さんの説明の通り、大皿に占める五割六割くらいが玉ねぎ。こんなに玉ねぎでいっぱいなの初めて見た……。
「近所が玉ねぎ農家さんでね、たまーに規格外の玉ねぎ分けてくれるんだ。それを稲穂にも分けようと思って、持ってきたのを今使ったんだ。さ、石原くんもどうぞどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
結論だけ簡潔に言おうと思う。
すげー美味しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます