第73話 これからも末永く娘のことをよろしくお願いします

 結局、キャンパス・駅・乗り換えのときと色々グダグダやり取りをするうちに、何故か僕も稲穂さんの家までついていくことに。

「……一体どうしてこんなことになったんだ」


 とりあえず伊吹にラインだけしておかないと、無駄にご飯を作らせてしまう。ポチポチとスマホの画面を叩いて連絡を済ませると、ものの一分と経たずに伊吹からの返信がやって来た。


松江 伊吹:はーい、わかりましたー(棒)


「げ、これはやばい奴じゃ……」

 そんな僕の様子に気づいてか気づかずか、稲穂さんは申し訳なさそうに首をすくめながら、僕に「ご奉仕品」のシールが貼られた紙パックのお茶をコップに注いで差し出して、


「な、なんかごめんね……わたしのお父さんが」

 しゅんとした様子でぼそっと謝る。

「い、いえ……別にそんな気にしてはいないので、全然。ただ、予想よりテンションが高くて驚いているというか」


「……あれが通常運転なんだ。それでいい目にも痛い目にも遭っているから」

「は、はぁ、そうなんですね」

 そして、当のお父さんは今外で家に電話をしているらしい。まあ恐らく、「稲穂さんの家に着いた」的なことを共有しているんだと思う。


 五分くらいして、

「いやー、失礼失礼。東京来るの、実は初めてなもので、大人げなくワクワクしちゃって」

 ポリポリとやや朱く染まった頬を掻きながら、稲穂さんのお父さんが部屋に戻ってきた。


「き、気持ちはわかります……ぼ、僕も上京したときはそんな感じでしたので」

「本当? そう言ってくれると嬉しいよー、と、まあ世間話はこれくらいにしておいて」

 お父さんはすると、僕の正面にきちんと膝を折りたたんで座ったかと思えば、


「改めて、先日はうちの娘がお世話になりました」

 僕に向かって深々と頭を下げ、そう言ってきた。

「え、あっ、いやっ、その……」

 僕が何かを言う前に、お父さんは頭を上げて、苦笑いを浮かべながら、


「稲穂から聞いているかもしれないけど、うちはなかなかにお金がなくて。ま、それもこれも自分が稼がないのが悪いんだけど、下の子も育ちざかりだから、稲穂には大分我慢と苦労をかけさせていて……」

 しんみりとした口調で、さらに続けた。


「……なので、ほんと石原くんには感謝しきれないというか……なんというか……。色々抜けたところがある娘だとは思うけど、これからも末永く娘のことをよろしくお願いします」


「ん?」「へ?」

 途中まで、胡麻家の身の上話をしているのと思っていたけど、最後の最後に風向きが少しだけおかしくなった。


 あれ? もしかして、お父さん、勘違いしている……?

 ……稲穂さんの多少抜けた性格を鑑みるに、お父さんもそういう性格である可能性は全然否めない。となると、飛躍した考えを持ったとしても不思議ではないにせよ、


「おおおおお父さん? な、な、何言っているの? わ、わたし、石原くんとはそういう関係じゃないよ? たっ、ただの同じ大学の後輩ってだけだよ? 本当だよ? ねえ、そうだよね? 石原くん」


 そりゃ、突然そんなこと言われたら稲穂さんがテンパり始めるのも不思議ではないわけでございまして。


「え、ええ……そ、そうですね」

「え? ほんとに? お、お父さんてっきりふたりはそういう関係なんだと……。だからもし『結婚を前提にお付き合いしています』って言われても『お前みたいな腑抜けに娘はやらん』とか言わずに『ありがとうございますありがとうございます』って返すつもりでいたんだけど」


「……そもそもお父さんそんな怖いキャラじゃないでしょ。それに石原くんのこと腑抜け呼ばわりできる人、わたしたちの家族にはひとりもいないと思うよ……」

「それもそうだね」


「そっかあ、まだ付き合っていないのかあ……そっかそっか。この間家で赤飯炊いたの、何のお祝いにしようかな……」

「ちょっと待ってお父さん。家でそんなことしたの?」


「だって長女にめでたい話があったってなれば祝うのは当然だろう? 多分街の人も知っているよ」

「……もおおお、勝手にそんなことしないでよおおお、お父さんっ!」


 ……あ、あははは、僕の予想以上に勘違いの波が広がっていたよ。

「あのー、ふつつかな娘かとは思いますが、どうか、どうか見捨てないでやってください」

「も、もうお父さん喋んないでっ!」


 ……こんな恥ずかしがりながら怒る稲穂さんも初めて見るなあ。

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