第72話 なっ、なんでお父さんがここにいるのおおおおおおおおおおお⁉

「……それで、稲穂さんはもうテスト終わったんですか? 僕はさっきので終わりで、今から絶賛夏休みなんですけど」

「わたしも今のでテストはおしまいだよー? あとはレポートだけだし、それももう仕上がっているからやることはないかなー」


「だったら、稲穂が通っている大学案内して欲しいかなー」


「「…………?」」

 学食を出てモノレールの駅に向かっていると、ふと、僕らふたり以外の声が飛んできた。


 僕と稲穂さんが声の主のほうを振り返ると、

「……なっ、なんでお父さんがここにいるのおおおおおおおおおおお⁉」

 キャンパス内に、稲穂さんの一番の絶叫がこだました。


「あっ、初めまして、いつも稲穂がお世話になってます、父の米太郎です」

 すると、稲穂さんと変わらないくらいの身長の声の主は、僕に向かってぺこりと頭を下げる。


「えっ、あっ、お、お父さん……ですか?」

「はい、父です」

 ラフなTシャツにジーンズ、さらに帽子を被り直したお父さんは、僕の顔をまじまじと眺める。


 ああ……なる、ほど……? 稲穂さんの低身長はもしかして遺伝、だった……のか? っていうか、え、こんないきなり来るもの?


「もう、なんでいきなり来るの? 来るとき事前に連絡してって言ったでしょ?」

 稲穂さんはポカポカと隣に立つお父さんのことを叩く。……正直、見た目が見た目なので、子供のじゃれあいにしか見えない。


「いやー、だって連絡したら色々準備されちゃうだろう? そうしたら稲穂がどういう生活しているかわからないし、いきなり来たほうがいいかなって」

 ……そんな、男子大学生のエロ本じゃあるまいし。いや、稲穂さんの場合は普通にアルバイトの心配なんだろうけど。


「っていうか、深夜バスで来たんだよね? 今までの時間何してたのっ?」

「え? 東京タワー見て来たり、スカイツリー見て来たり、浅草寺見て来たり?」

 見て来ただけなんですね、上ったり入ってたりはしてないんですね。


「まあ東京見物も満足したし、あとは稲穂の様子だけ見られたらもういいかなーって」

 お父さんは、キョロキョロと大学の構内を見回しては、


「それにしても、周りは山ばっかりで、家となんら変わらない雰囲気じゃないか思ってたけど、やっぱり東京は大きい建物多いねえ。それで、稲穂はもう帰るの?」

「こ、これから帰るところだよ」


「じゃあお父さんもついてく。あっ、もしかして今一緒にいる彼と帰る予定だった? というかお名前まだ聞いてませんでしたね」

 駅へと向かいだす僕らにひょこひょことついてくる。ほんと、何から何まで稲穂さんにそっくりだなあ……。


「……あ、す、すみません、こちらこそ申し遅れました。稲穂さんと同じ大学に通う二年の石原悠乃って言いま──」

「ふぇ? 彼が件の石原くん?」


 すると、僕が名乗り終えるより先に、お父さんは呆けた顔を浮かべる。数秒のタイムラグの後、


「そっ、その件につきましては、娘がたいっっっっっへんお世話になりましたあああ!」

 帽子を投げ捨てる勢いで九十度以上に頭を下げ、さっきの稲穂さんに負けず劣らずの絶叫を構内に響かせる。


「えっ、あっ、ちょっ、あ、頭を上げてくださいっ、これじゃまるで」

 僕がオヤジ狩りをしているか、はたまた子供をいじめているようにしか見えないですって。


「つまらないものですけど、これ、よろしければお納めください」

 背負っていたリュックから何やらゴソゴソと取り出したかと思うと、


「地元の銘菓です。ご家族の方と召し上がってみてください。あっ、あと、もしこちらに旅行に来ることがあれば、ウチの商店街の系列にある旅館の優待券も是非に」

 およそ(稲穂さんを伊吹の家に泊めたにしては)お釣りが来てしまいそうなくらいのお礼の品を次々に僕に差し出してきた。


 ……いや、割と真面目に身を削ったのは伊吹だからこれは伊吹に渡すべきなんじゃないかなあ……。とか思ったりもしたけどお父さんは伊吹のことを知らないから仕方がないと言えば仕方がない。


「……お父さん、どこでそんなの用意したの……?」

「えっ? 普通に自腹だけど」

「……いくらかかったの?」

「えーっと、お父さんの晩ご飯三日分くらい?」

 単位がっ! 単位が生々しい!


「……後でいくらか出すから、レシート見せて」

「いいって、こういうのは親の仕事だからっ」

「……じゃあ家に帰って仕事してよ」

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